北京とアルマトイでは、相撲にたとえていえば、都市力には横綱と前頭くらいの差がある。しかし、投票の結果は44対40。アルマトイの善戦ぶりが目を引いた。

わずか4票差で2022年冬季五輪開催都市が中国の北京に決まった。北京は08年に夏季五輪を開催しており、夏冬開催は史上初めてだ。早くも「中華民族の偉大な復興のために」と勇ましい言葉が躍る。

一時は北京の圧勝と予想されていた。片やGDP世界第2位の大国の首都。人口は2100万人を超える。片や91年に旧ソ連から独立したばかりの新興国カザフスタンの最大都市。とはいえ、国全体でも人口は1660万人に過ぎない。

多くの日本人がアルマトイという都市の名前を知ったのは1997年の10月だろう。98年サッカーW杯フランス大会出場をかけたアジア最終予選で、日本はカザフスタンに煮え湯を飲まされた。ロスタイムで同点に追いつかれ、フランス行きに暗雲がたち込めた。

その夜、代表監督のクビが飛んだ。サッカー協会のトップが決断したのは深夜2時(現地時間)。文字どおり「日本サッカーのいちばん長い日」だった。

五輪に話を戻そう。資源国のカザフスタンは、このところ急成長をとげている。それでも中国にはかなわなかった。資源価格は国際情勢に左右されやすい。7年先のことなんて誰にもわからない。とはいえ北京にばかり甘い汁を吸わせていいものか……。IOC委員の葛藤が「4票」の僅差に表れたとも言える。

さて北京に対し、ひとつ懸念がある。硬直化したボランティアシステムだ。08年の夏季五輪で女子マラソンを取材していた時だ。ある日本人選手が25キロ地点の手前で倒れた。私の目の前だった。炎天下、“バケツリレー”のようなかたちで私たちは彼女を木陰に運んだ。

「体を冷やさせたい。ビルのドアを開けてくれ」「いえ、私は道案内です」「救急車を呼んでくれ」「私は通訳が仕事です」。任務は忠実にこなすが、それ以外のことは一切やらない。上からの指示を待つだけで、予期せぬ事態に対応できないのだ。

一部始終を見ていた欧米のジャーナリストが呆れたように吐き捨てた。「ビューロクラシー(官僚制)」。7年後の冬の北京は、前回の五輪とは違う姿を見せてくれるのだろうか。

<この原稿は15年8月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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