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二宮清純「唯我独論」 - Page 7

第647回 師と同じ「幸運」 八重樫“最強”を迎え撃つ

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 このほどボクシングのWBCのベルトが刷新され、各階級を代表するチャンピオンの顔写真が2人ずつ飾られることになった。「ヘビー級はマイク・タイソンとレノックス・ルイス。ミドル級はマービン・ハグラー、ウェ
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第646回 技術委から“戦略委”へ名称から改革を

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 日本サッカー協会には12の専門委員会がある。この中で最も世間からの注目度が高いのは技術委員会だろう。同委員会の仕事は代表監督候補者の推挙、代表チームの強化、ユース年代の普及、指導者養成など多岐に渡る
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第645回 W杯、「枠」維持にもアジアの意地を

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 W杯の出場国・地域がそれまでの24から32になったのは、くしくも日本が初出場を果たした1998年のフランス大会からである。それに伴い、アジア枠も2から3.5に増えた。これが日本には幸いした。前回の枠
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第644回 権力集中FIFAは世代交代せよ

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 国際オリンピック委員会(IOC)にあって国際サッカー連盟(FIFA)にないもの――それは役員の定年制と任期制限である。 現在、IOC会長の任期は1期8年、選挙に勝てば2期目として4年間の延長が可能だ
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第643回 カズの個人史は日本サッカーの近現代史

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 カズこと三浦知良に初めてインタビューしたのは“キング”・ペレの出身クラブである名門サントスFCとプロ契約を交わした直後のことだ。ブラジルに渡って4年目、カズはまだ19歳だった。 1986年の前半とい
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第642回 J1徳島 問われる我慢のコンセンサス

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 明けない夜はない。止まない雨はない。 そうは言うものの、四国初のJ1クラブ徳島ヴォルティスがJ1初勝利をあげたのは開幕から10試合目の4月29日である。難産の末の勝ち点3だった。 甲府で初勝利を目の
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第641回 落ち着いた音色奏でる“サムライの笛”

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 人が人を裁く。これほど難しいことはない。うまくいって当たり前、ミスでもしようものなら、一身に非難が集中する。4年に1度のW杯ともなれば、なおさらだ。 主審の西村雄一が迷うことなくレッドカードを掲げた
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第640回 39年前の初Vと共通点の多いカープ

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 何やら39年前のムードと似てきた。ひょっとすると、ひょっとするのではないか…。 開幕からカープが快調に飛ばしている。セ・パの交流戦がスタートして今年で10年目だが、首位で交流戦を迎えたのは初めてのこ
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第639回 20東京パラが「飯塚車いすテニス」から学ぶこと

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 福岡県の飯塚市と言えば筑豊地方の中心である。明治から昭和にかけては“炭鉱のまち”として発展した。隣の田川市とともに五木寛之の名作「青春の門」の舞台としても知られる。 その飯塚市で18日まで「飯塚国際
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第638回 日系人差別と戦った野球選手ジミー堀尾

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 巨人の前身である「大日本東京野球倶楽部」が1934年に誕生したことを受け、NPBは今季を「プロ野球80周年」と位置付けている。 大日本東京野球倶楽部のメンバーのひとりで、阪急軍や大阪タイガース・阪神
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第637回 秀才助っ人と重なる好調広島エルド

二宮清純「唯我独論」(水曜日更新)

 インテリと呼ばれた外国人選手はたくさんいるが、引退後、医師になったのは私が知る限りでは、広島、南海で活躍したゲイル・ホプキンスただひとりである。 広島の初優勝は1975年。球団創設26年目での悲願達
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