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長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第1回「崖っぷちでの原点回帰」

 今春、東都大学野球リーグでは新たな歴史の1ページが刻まれた。亜細亜大学が、戦後史上初となる6季連続優勝を達成したのだ。「戦国」とも言われるほど、強豪揃いの同リーグにおいて、この記録はまさに快挙。その
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南野亜里沙(ノジマステラ神奈川相模原/徳島県板野郡板野町出身)最終回「日の丸を背負うストライカーへ」

「代表のユニフォームを着て、初めて君が代を聞いた時は鳥肌が立ちました」 2013年8月、南野亜里沙は日本女子代表としてロシア・カザンで開催されたユニバーシアード(ユニバ)に臨んだ。中学3年生の時は、U
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南野亜里沙(ノジマステラ神奈川相模原/徳島県板野郡板野町出身)第3回「備えていた点取り屋の資質」

 徳島県外の高校で勝負する――。高校の進路を決めるにあたり、南野亜里沙と父・敬二は話し合ってこの決断に至った。なぜなら、当時、徳島県には女子サッカー部のある高校が1校しかなかったからだ。南野は複数の高
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南野亜里沙(ノジマステラ神奈川相模原/徳島県板野郡板野町出身)第2回「U−15代表落選後に流した悔し涙」

 幼い頃から、南野亜里沙の周りにはサッカーがあった。彼女はサッカーを始めたきっかけを「父の影響」と語る。南野の父・敬二は、長く社会人チームでプレーしていた。その父の練習や試合に、彼女はいつもついていっ
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南野亜里沙(ノジマステラ神奈川相模原/徳島県板野郡板野町出身)第1回「ノビシロ十分な“新人”ストライカー」

 将来、なでしこジャパンのユニフォームに袖を通すであろう選手がいる。ピッチを所せましと躍動し、ゴールを決めてチームを勝利に導く。彼女の名は南野亜里沙。今季からノジマステラ神奈川相模原(なでしこチャレン
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有井祐人(東京大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第4回 野球人生の集大成

 2014年5月25日、東京大学は春のリーグ最終戦を迎えていた。相手は史上最多44回の優勝を誇る法政大学。有井祐人は前日に続いてのスタメン出場となった。開幕前にヒザを故障した有井は前日、シーズン初のス
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有井祐人(東京大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第3回「『お父さん』と呼べなかった週末」

「ちょっと観に行ってみようか」――父・豊のこの言葉が、有井祐人の野球人生の始まりだった。子どもの頃、有井は週末になると、父親と一緒によく港に釣りに出かけた。「小さいうちに、自然を学ばせたかった」という
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有井祐人(東京大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第2回「恩師を驚かせた野球への情熱」

 今から4年前のことだ。現在、愛媛県の松山城西ボーイズの総監督を務める二宮惠信の元に、1通のメールが届いた。小学3年から中学3年までの7年間、愛媛リトルリーグ、松山ファイターズ(現城西ボーイズ)で指導
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有井祐人(東京大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第1回「たかが1勝、されど1勝」

「1勝」――。彼らほど、この重みと価値を感じている者たちはいないのではないか。東京大学野球部である。今年の春季リーグ、東大は全敗を喫した。これで2010年秋から続く連敗記録は76となり、東京六大学野球
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畠田好章(日本体育大学体操競技部監督/徳島県鳴門市出身)最終回「名門を指揮する責任の重み」

「やっている時にはそれほど感じませんでしたが、現場を離れてみて、やはり大きいなと……」。日本体育大学体操競技部前監督の具志堅幸司は、常勝を義務付けられた名門校でのプレッシャーをこう語る。日体大はこれま
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畠田好章(日本体育大学体操競技部監督/徳島県鳴門市出身)第4回「シドニーへの道から、指導者の道へ」

「アトランタ五輪が終わった時には、このままじゃ終われないという部分はありましたね。やはり団体でメダルを逃して、個人でもメダルを獲れなかった。なんとかリベンジしたかった」。畠田好章は、失意のアトランタ五
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