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宇高菜絵(コマツ柔道部/愛媛県西条市出身)第3回「父の死とヒザの故障を乗り越えて」

二宮: 帝京大卒業後、コマツに入社します。他にも実業団がある中、コマツを選んだのは?宇高: 松岡義之先生(コマツ)から声をかけていただきました。「世界を目指すなら、ウチに来い」と。当時は谷本歩実さん(
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宇高菜絵(コマツ柔道部/愛媛県西条市出身)第2回「一番のリラックス法は里帰り」

二宮: 世界柔道を改めて振り返ると、初戦の2回戦、次の3回戦は技のポイントがとれず、指導の差での勝ち上がり。苦戦を強いられました。宇高: 相手と組んでいて負ける気はしませんでした。焦りはなかったのです
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宇高菜絵(コマツ柔道部/愛媛県西条市出身)第1回「金メダルにつながったメンタル強化」

 遅咲きながら、世界の舞台で大輪の花を咲かせた。 8月にロシア・チェリャビンスクで開催された世界柔道選手権。女子57キロ級を制したのは、29歳の宇高菜絵だった。同級のロンドン五輪金メダリスト・松本薫が
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谷川早紀(早稲田大学漕艇部/愛媛県今治市出身)最終回「辛くても笑え、明日はもっと笑える」

「ボートを漕ぎたくない」 大学3年時の谷川早紀は、それほどまでに悩んでいた。全日本大学選手権(全日本インカレ)、全日本選手権で連覇を逃し、個人としては無冠に終わった。4年生は引退し、チームでは谷川たち
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谷川早紀(早稲田大学漕艇部/愛媛県今治市出身)第3回「実りの秋から試練の冬へ」

 苦悩の日々だった早稲田大学での1年目は冬を越え、春を迎えた。しかし、学年の変わった新たなシーズンでも、谷川早紀は順風満帆なスタートを切れなかった。 まず春のビッグイベント「早慶レガッタ」のシートを奪
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谷川早紀(早稲田大学漕艇部/愛媛県今治市出身)第2回「殻を破った“ブルペンエース”」

 ボート強豪校の今治西高校で、谷川早紀は1年時から主力を任された。2年時はチームの誰よりもタイムが速く、愛媛県総合体育大会ではシングルスカルで上位に入った。その実力は指導する井手勝敏監督も「他の高校生
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谷川早紀(早稲田大学漕艇部/愛媛県今治市出身)第1回「野球少女がオールを手にするまで」

「初めてボートに乗った時は感動しました」 名門・早稲田大学漕艇部の谷川早紀は、その時の感激を今でも忘れられない。今治西高校に入学する直前の2月、漕艇部に入部することを決めていた谷川は練習に参加した。1
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長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)最終回「唯一無二の“嫌がられるバッター”へ」

 亜細亜大学に進学した長曽我部竜也の公式戦デビューは、2年の春に訪れた。2012年5月24日、青山学院大学戦。大学野球の聖地、明治神宮球場の打席に初めて立った長曽我部は、足の震えが止まらなかった。「こ
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長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第4回「悔いなき高校野球」

 長曽我部竜也が2年の夏、新田高校は愛媛県予選でベスト16にとどまった。前年は「まだ次がある」という気持ちがあった長曽我部だったが、この時はもうそんな余裕はなかった。入学時には5回あった甲子園へのチャ
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長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第3回「待ち受けていた“野次”と“ケガ”」

 野球を始めたきっかけが兄へのライバル心なら、厳しい父親の指導のもと、野球を続けた理由のひとつもまた兄の存在だったという長曽我部竜也。彼が兄と同じ新田高校を進学先に選んだのも必然だったのだろう。そして
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長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第2回「“星一徹”張りの父親の存在」

「兄ちゃんばっかり、ずるい。僕にも教えて!」 そう言って、4つ上の兄にライバル心を燃やしたのが、長曽我部竜也の野球人生のスタートだった。父・大介は当時のことをこう語る。「長男が小学校に入ってソフトボー
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