2011年11月、日本の車椅子バスケットボール界は悲嘆に暮れた。たった2枚しかないロンドンパラリンピックへの切符を争ったアジアオセアニア地区予選会で、日本女子はダブルラウンドロビンで戦ったが、得失点率で敗退。パラリンピックの正式採用となった1984年アイリスベリー大会から2008年北京大会まで続いていた女子日本代表の連続出場記録が途絶えたのだ。それから1年半後の2013年5月、新ヘッドコーチ(HC)に橘香織氏を迎えた日本女子は、2016年リオデジャネイロパラリンピックに向けて新たなスタートを切った。今年10月には千葉で2015IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップが行われる。これはリオデジャネイロパラリンピックの出場権を争う国際大会だ。戦いの舞台を8カ月後に控えた今、チームはどう進化しているのか。橘HC、そして1988年ソウル大会から日本代表のセンターとして活躍してきたチームの大黒柱、上村知佳選手にインタビューした。
二宮: 車椅子バスケットボール女子がパラリンピックの正式競技として初めて採用されたのは、1984年のアイリスベリー大会(英国)でした。日本は同大会から2008年北京大会まで7大会連続で出場し、アイリスベリー、2000年シドニーと2大会で銅メダルを獲得した実績があります。その後は2004年アテネ大会で5位でしたが、北京大会では4位と表彰台まであと一歩でした。「次こそは」という期待も高まる中、2012年ロンドン大会では初めて出場を逃すという残念な結果に終わりました。それだけ世界の強化が進んでいるということなのでしょうか?

: 世界情勢は変わってきたと思います。例えば、これまで強いとは言えなかったオランダや英国、そして中国が台頭してきています。オランダは1988年ソウル大会から3大会連続でメダルを獲得していましたが、世代交代がうまくいかず、シドニー以降は低迷が続いていたんです。しかし、ようやくチームがかみ合い始めたのでしょう。ロンドンでは銅メダルを獲得し、4大会ぶりの表彰台に上がりました。

伊藤: 日本の現在のチーム状況はどうでしょうか? 来年のリオデジャネイロパラリンピックはもちろん、2020年東京パラリンピックで中心となる選手というと……。

: まずはやはり、網本麻里ですね。彼女も代表に入って10年近くになり、ベテランの域に達しつつありますが、リオ、東京でも間違いなくエースとしてチームを牽引してくれる存在です。網本と同い年(26歳)の北田千尋も、現在売り出し中の選手です。彼女は日本人には珍しくリーチがあるので、リバウンドにも強いですし、インサイドに入って得点を取ることができる選手です。もうひとりは20歳の北間優衣です。非常に賢い選手で、攻守ともにチームプレーが巧くなってきています。

 結束力を生む大黒柱“お父さん”の存在

二宮: 強いチームには、勢いのある若手がいる一方、必ずチームをまとめるベテランの存在がいます。

伊藤: 日本代表の大黒柱は、やはりキャリア28年の上村さんですね。上村さんの存在がチームのムードを明るくしているように感じられて、それも今のチームの魅力のひとつだと思っています。

上村: 私はチームメイトから「お父さん」と呼ばれているんです(笑)。

二宮: まさに大黒柱の象徴ですね。力強くて、頼もしいイメージがあります。

上村: 今、橘香織ヘッドコーチ(HC)はユニットを組ませて戦うという戦術をしているのですが、私がいるユニットは本当のファミリーみたいな感じなんです。お父さんとお母さんと、3人の子どもたちがいるみたいな。他の選手からも“ファミリーセット”と呼ばれているんです(笑)。

: ゲーム本番中も、誰も「知佳さん」と呼ばずに「お父さん、パス行った!」と言うんです。上村選手のおかげで、“ファミリーセット”はすごくムードがいいですね。

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