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二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」 - Page 14

イチローの「心眼」。<後編>

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

 広く知られていることだが、イチローは小学3年生から中学3年生までの7年間、ほぼ毎日、名古屋空港近くのバッティングセンターに通った。イチローによると1ゲーム25球、それを平均して5ゲーム行った。つまり
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イチローの「心眼」。<中編>

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

 1994年のシーズン後、オリックス球団は吹田市にある「田中スポーツビジョン研究所」(田村知則所長)に視覚機能の測定を依頼した。イチローにいくつかの検査を試みたところ、際立って高い数値を示す項目が浮上
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イチローの「心眼」。<前編>

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

「他の選手が“速いな!”と驚いている時でも、僕の目には遅く見えることがある」 サラリとイチローは言った。 その口ぶりには気負いも、執着もない。 目深にかぶった帽子のひさしから時折のぞく目はギリッとして
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伊東浩司が見る「9秒台」の夢<後編>

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

 アジア大会100メートル準決勝の当日、伊東から小山に電話が入った。「先生、スタートで出遅れないためにはどうすればいいでしょう」 小山は答えた。「スタートに意識をとられる必要はない。それよりもピックア
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伊東浩司が見る「9秒台」の夢<前編>

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

「何か別世界にいるような感じでした。夢の中を走り終え、目がさめると、ゴールの2メートルくらい先にランニングタイムが出ていた。9秒99、アレッて感じでした。まだ余力を残していたし、タイムにこだわったわけ
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永遠に語り継がれる名勝負、松山商対三沢高校の回想

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

 高校野球史上最高の名勝負は何か? と問われれば、私はイチにもニもなく1969年夏の決勝、松山商対三沢高戦をあげる。三沢には“伝説のエース”太田幸司がいた。 この時、私は小学4年生だった。松山商が故郷
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ビル・ロビンソン 肉体の帝王学

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

「ちょっと技をかけてくれないか……」 冗談のつもりで右手を差し出すと、太り気味のイギリス人は目にも止まらぬ速さで私の腕をとり、あっという間にロックしてしまった。 次の瞬間、ヒジの関節に鈍い痛みが走り、
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日本に「W杯出場」の資格はあるか<後編>

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

 フットボールとは「球戯」である。「球」と「戯」れると書く。「球技」は誤りだと私は考える。蒸し返すようで恐縮だが、加茂前監督の最大の失敗――それは相手の長所を消すことに腐心するあまり、自らが楽しむこと
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日本に「W杯出場」の資格はあるか<前編>

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

 歓喜は唐突に訪れた。 延長後半13分、呂比須ワグナーの前線からのチェイスで奪ったボールを中田英寿が右サイドから強引にドリブルで割って入り、一瞬の躊躇もなく左足を振り抜いた。GKアベドザデーが弾く。そ
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バスケットの伝道師 仲西淳

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

 マイケル・ジョーダンに憧れてバスケットボールを始めた。少年の頃はいつも4つ年上の兄と一緒にジョーダンのプレーを食い入るように見つめていた。 15歳の夏、仲西淳少年は運命的な出会いを果たす。ジョーダン
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野武士のスウィング 小笠原道大

二宮清純「ノンフィクション・シアター・傑作選」

 バントをしない2番打者――今から3年前、ファイターズの小笠原道大はそう呼ばれた。 通常、2番打者というと、バントやエンドランを得意とする“小細工のきくバッター”をイメージしがちだが、小笠原はその対極
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