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二宮清純オピニオン_旧 - Page 7

二宮清純「BIZ-SPORTS」

第95回 アジアで稼げ! Jリーグ(前編)

二宮清純オピニオン

 17年目のJリーグが開幕した。今シーズンからJ2に栃木SC、カターレ富山、ファジアーノ岡山の3クラブが加入し、J1、J2ともに18クラブ制となった。 プロ野球(NPB)の本拠地が11都道府県しかない
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スポーツ、輝きの瞬間

第51回 キャプテンの仕事 〜2004,July〜

二宮清純オピニオン

「オレの背を見ろ」とプレーだけでチームを引っ張るのがキャプテンではない。神聖なる立場のレフェリーに対しても、言うべきことは言わなければならない。 サッカー日本代表のキャプテン宮本恒靖が存在感を示したの
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スポーツ、輝きの瞬間

第50回 大記録の舞台裏 〜1994,May〜

二宮清純オピニオン

 完全試合を達成したピッチャーは、日本プロ野球史上15人しかいない。最後に大記録を達成したのが元巨人の槙原寛己である。 1994年5月18日、巨人対広島。場所は福岡ドーム。27人目のバッター御船英之が
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二宮清純「BIZ-SPORTS」

第94回 宮大輔の比類なき向上心と貪欲さ

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マイナー競技であるハンドボールに降って湧いたように、注目が集まったのは一昨年の暮れだ。2007年9月に行なわれた北京五輪アジア地区予選の判定が不可解だったとしてIHF(国際ハンドボール連盟)がAHF(
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スポーツ、輝きの瞬間

第49回 魂の走り 〜2001,August〜

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 オリンピック、世界選手権を通じて、陸上のトラック競技で日本人男子で初めて表彰台に上がった男――それが「サムライ・ハードラー」こと為末大である。 2001年8月11日、カナダ・エドモントン。第8回世界
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スポーツ、輝きの瞬間

第48回 伝説の玉砕劇 〜1971,October〜

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 試合が終わってからも、テレビの前から立ち上がることができなかった。実況を担当した杉浦滋男アナウンサー(故人)の絶叫は、今も私の耳の奥にこびりついたままである。 1971年10月25日、愛知県体育館。
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第47回 神の一振り 〜1988,Octorber〜

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「このスタジアムがこんなに興奮したのは久しぶりだ。88年のワールドシリーズ初戦でカーク・ギブソンが劇的なホームランを打って以来だろうか」 そう語ったのはロサンゼルス・タイムズのケビン・バクスター記者。
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第93回 スポーツ中継は冬の時代へ 経費削減で「貧すれば鈍する」TV界

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 日本テレビが今年3月末でプロレス中継を打ち切ることになった。同局がプロレス中継をスタートさせたのは開局翌年の1954年2月。「日本プロレス中継」「全日本プロレス中継」そして「プロレスリング・ノア」と
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第46回 イチローのプライド 〜1995,October〜

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 19打数5安打、打率2割6分3厘。打数の少ない短期決戦では決して非難されるような数字ではない。しかし、この打率の主がイチローだとなると話は別だ。 1995年の日本シリーズはヤクルトとオリックスの間で
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スポーツ、輝きの瞬間

第45回 叩きのめされたヒーロー 〜1975,July〜

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 241戦して232勝(228KO)5敗。勝率9割6分3厘。驚異的な数字である。“キックの鬼”と呼ばれた沢村忠が残したものだ。 沢村忠と言えば、代名詞は真空飛びヒザ蹴りだ。相手をロープに詰め、ガードに
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第92回 選手・監督として成功しながら、影が薄い若松勉にもう一度ユニホームを着せたい Vol.2

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 若松の現役時代の実績については改めて説明する必要もあるまい。公称こそ身長168センチだが、実際には166センチしかなかったと本人が明かしている。 こんな小さな体で通算打率3割1分9厘をマーク。これは
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