ロンドン五輪が終わった直後のことだ。柔道で男女通じて唯一の金メダルを胸に飾った松本薫(女子57キロ級)の「野獣のような目」が話題になっていた。「もし相手が自分と同じような目をしていたら、どんな気持ちになるでしょう?」。私の問い掛けにニコッと笑った彼女、間髪入れずに答えた。「うれしいです。私と同じ目を持っている人と戦えるのは光栄です」
 過日、松本に会う機会があり、質問の続きをした。「柔道界であなたと同じ目を持っている選手は?」「いません」。「では、他の競技では?」「女子レスリングの吉田沙保里さんです。目に全くスキがない」「じゃあ戦ってみたい?」「いや、沙保里さんとだけは戦いたくないなぁ(笑)」。達人は達人を知るということか。

 実は松本の目の輝きを最初に指摘したのは帝京大時代の監督・稲田明だった。「キミはきれいな目をしている」。稲田がいう「純粋で濁りのない目」が、時を経て「野獣のような目」に変化したのだという。「まぁ、それはそれでいいんですけど……」

 松本の帝京大の先輩にあたる谷亮子も、現役時代、目の話になると身を乗り出してきたものだ。古い取材ノートから。「目が合ったら、先にそらしてはいけない。これは7歳で柔道を始めた時の稲田先生の教えです。といって、別ににらみつけるというわけではない。相手を見つめ続ける。目を通じて相手の情報を得、肌で雰囲気を感じ取る。これは柔道を始めた時から、ずっと意識していることです」

 では、どんな目をした相手が難敵なのか?
「正直言って威嚇してくるような相手は怖くない。きっと自分に自信がないから、そうなるんでしょう。無理に迫力を出そうとして失敗している。むしろ激しさをおさえ、どんな時でもいつも変わらない目をしている選手。私が警戒するのは、そんなタイプの選手です」

 柔道の世界において一流は組んだ瞬間に相手の実力がわかる、という。その伝で言えば超一流は相手の目を見れば、全てが見通せるということなのだろう。黙殺ならぬ目殺である。

 大晦日は格闘技ラッシュだ。ボクシング世界戦5試合に加え、キックボクシング系、総合格闘技などが各地で行なわれる。除夜の鐘が試合終了のゴングに聞こえかねない、この国の年の瀬だ。テレビ桟敷の御目にかなうのは、果たしてどの試合か。

<この原稿は12年12月26日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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