IOCの規定によると、金メダルの中身は「純金」ではなく「純銀」で、表面は金張り(またはメッキ)が施されていなければならない。ミラノ・コルティナ五輪の金メダルの重量は「純銀」部分が500グラム、「純金」部分が6グラム。す […]
私の生まれ故郷の愛媛県に西条農という農業高校がある。高校野球の話をしていると、よく「甲子園に出る学校ですよね」と水を向けられる。 西条農は西条農でも、それは広島県立西条農の方だ。春は1988年、夏は91 […]
「4年に1度の世界的祭典であるラグビーW杯は、協会だけの思いで開催できるイベントではない。オールジャパン体制で臨む。最高のW杯を実現したい」(土田雅人日本ラグビー協会会長)。年初、日本協会は国際統括団体のワールドラグビー […]
誰であれ初陣には、どこかぎこちなさが伴うものだが、21年東京五輪の柔道金メダリスト(男子100キロ級)ウルフアロンのプロレスデビューは、試合によどみがなく、満点に近い出来だった。入場ゲートで純白の柔道着を脱ぎ捨て、黒の […]
柔道における「3冠」とは、全日本選手権、世界選手権、五輪の3つの大会の優勝者を指す。栄えある3冠達成者(男子)は、過去に8人しかいない。猪熊功、岡野功、上村春樹、山下泰裕、斉藤仁、井上康生、鈴木桂治、そしてプロレスラー […]
早熟の天才が、必ずしも大成するとは限らないことを言い表した言葉に「昔神童、今凡人」というものがある。昔も今も「凡人」の身からすれば、幼少期の一時期だけでも「神童」と呼ばれた誇らしい記憶を持つ者は幸せだろう、と思う。しか […]
8月に本紙から依頼された不世出のストライカー釜本邦茂さんへの追悼文を、こう結んだ。「長嶋茂雄さんに続いて、また一つスポーツ界の巨星が堕ちた」。まさか年の瀬に「もう一つ」巨星が堕ちようとは……。“ジャンボ尾崎”の愛称で親 […]
スポーツニッポンフォーラムが制定する「FOR ALL」。スポーツを通じて日本を元気にしたり、社会貢献並びに地域振興に寄与した個人または団体に贈られる。 2025年のグランプリには、7月から8月にかけて行 […]
「朝、家のドアを開けるのが怖いです。玄関を出て、車に乗るまでの間も怖い。いつクマに襲われるかわかりませんから…」 切実な声で、そう語るのは秋田県鹿角市に住む浅利純子さん。1993年世界陸上ドイツ・シュトゥ […]
来季新設の「長嶋茂雄賞」は、「走攻守で顕著な活躍をし、ファンを魅了するなど、日本プロ野球の文化的公共財としての価値向上に貢献した野手」を対象としている。選考基準については明らかにされていないが、打撃部門の数値に縛られる […]
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が国立競技場のネーミングライツ(命名権)を取得したと発表したのは先月15日。契約金は5年総額で国内最高の100億円と報じられた。世界最大級の金融グループによるナショナル・ス […]
この10月、第3代スポーツ庁長官に就任した河合純一氏は、1992年のバルセロナ大会を皮切りにパラリンピックに6大会連続で出場し、競泳の視覚障がい者クラスで金5つを含む計21個のメダルを胸に飾った伝説のスイマーである。 […]
今から40年前の1985年は、日本を揺るがす事件や事故、政策転換が相次いだ。まずは事件。6月18日、悪徳商法で世間を騒がせていた豊田商事会長が、報道陣が取り囲む中、大阪市内の自宅マンションで殺害された。あれは劇場型犯罪 […]
サッカーにあって野球にはないタイトル――それは「得点王」である。なぜ、野球にはないのか。AI先生に聞いてみた。<他力本願の要素が強すぎる>(Claude Sonnet4.5)。出塁しても、誰かに本塁まで還してもらわなけ […]
世界戦でフルマークに近い判定勝ちを収めたボクサーの口から「倒すのは難しかった」という言葉が飛び出すのは、珍しいことではない。だが、次の言葉は初めて耳にした。「倒しにいかないことがこれほど難しいんだな、という発見はあった […]
主将の式守優太は浮かない顔をしていた。「どうしたんだ?」と監督の久保田浩司。「あんなクジ引いたので監督に怒られるかと思って…」 久保田は式守の顔をのぞき込み、励ますように言った。「何言ってるんだよ。いい […]
人様に吹聴するほどの趣味ではないが、個人的には気に入っている。みうらじゅん風に言えば、ちょっとしたマイブームだ。 パンデミックの期間中は自粛していたが、最近になってまた再開した。地方での仕事が入ると、繁 […]
不世出のストライカーでありながら、釜本邦茂さんは「天才」と呼ばれることを誰よりも嫌った。「確かに親からもらったものが優れていたかもしれない。しかし僕が人の見ていないところで、どれだけ努力していたかを知っている人は少ない […]
「高校野球の7不思議」のひとつと私は考えている。なぜ佐賀の公立(県立)高は夏の甲子園に強いのか―。 高校野球は随分前から“私高公低”が続いている。2000年代に入ってから、夏の甲子園を制した公立校は07 […]
西本幸雄さんが“悲運の名将”と呼ばれるのは、大毎で1回、阪急で5回、近鉄で2回、計8回もチームをパ・リーグ優勝に導きながら、日本シリーズで1度も勝てなかったからである。 西本さんが日本シリーズで喫した3 […]
ロックバンドのベーシストからプロレスラーに転じたハルク・ホーガン氏のリングネームは、米国の人気アニメ『超人ハルク』にちなむ。身長201センチ、体重137キロの巨躯。リング上でトレードマークの黄色のTシャツを、丸太のよう […]
もう時効だから書いてもいいだろう。1995年7月10日(現地時間)夜、私が宿泊していたダラス市内のホテルに、ヒューストン日本国総領事館に勤務する外交官を名乗る人物から電話がかかってきた。要件はこうだった。「明日のMLB […]
今から50年前の1975年、“セ・リーグのお荷物”と揶揄された広島カープが、球団創設26年目にして初優勝を遂げた。 広島の悲願達成には、東海道新幹線の延伸が寄与したと言われる。開幕前の3月 […]
1960年代後半から70年代中盤にかけて“日本人キラー”の異名をほしいままにした韓国人ボクサーがいた。OPBF東洋太平洋の前身OBF東洋フェザー級王者のハーバート康(康春植=カン・チョンシク)だ。 &nb […]
ゲームはシーソーのように読売ジャイアンツに傾いたり、大阪タイガースに傾いたりしながら、ついに9回裏まできた。スコアは4対4。タイガースのマウンドには7回途中からルーキーの村山実さんが立っていた。 &nbs […]