大森遊音(国士舘大学サッカー部/愛媛FCユース出身) 第3回「ここで落ちたら、サッカーは終わり」

 中学3年の大森遊音はサンフレッチェ広島ユースのセレクションに落選し、途方に暮れていた。 「中学3年の進路の時期は、“本当にどうしようか”と一番悩んだところです。次の希望は一応、広島市内の高校だったのですが、自分としては […]

大森遊音(国士舘大学サッカー部/愛媛FCユース出身) 第2回「苦悩の日々の中学時代」

    愛媛FCユースを経て、現在は国士舘大学サッカー部に所属する大森遊音だが、出身は広島県尾道市である。「親の仕事の関係で転校が多かったです。最初は岡山県倉敷市。幼稚園の時は尾道で、小1の終わりからは2年間だけ東京の板 […]

大森遊音(国士舘大学サッカー部/愛媛FCユース出身)第1回「クラシカルなボランチ」

 サッカーのボランチとはポルトガル語で「車のハンドル」という意味の通り、中央にポジションを取って攻守のかじ取り役を担うポジションだ。敵の攻撃の芽を摘み、パスでチームを動かすのが基本的な役割である。国士舘大学サッカー部3年 […]

篠原颯斗(日本体育大学硬式野球部/徳島県美馬市出身)最終回「4年越しの夢へ」

 プロ志望の篠原颯斗(現・日本体育大学4年)だが、徳島県立池田高校3年時にはプロ志望届を提出しなかった。プロ志望届は、2004年に制度化されて以降、NPB球団入りを目指す日本の学生が、所属する連盟に提出しなくてはならない […]

篠原颯斗(日本体育大学硬式野球部/徳島県美馬市出身)第3回「池田高校の『1』を背負う矜持」

 2019年、試合に敗れた美馬市立江原中学3年の篠原颯斗が号泣している姿を見て、「この子と3年間、一緒にやってみたい」と考えたのが徳島県立池田高校の井上力監督だ。井上は池田が1986年に選抜(センバツ)を制した時のメンバ […]

篠原颯斗(日本体育大学硬式野球部/徳島県美馬市出身)第2回「野球に夢中となった少年時代」

 プロ野球選手を多数輩出した日本体育大学硬式野球部でエースナンバー「18」を背負う篠原颯斗(4年)は、野球エリートではない。生まれ育った徳島で、小中高と全国大会に出場することはできなかった。2003年秋、徳島県美馬市で生 […]

篠原颯斗(日本体育大学硬式野球部/徳島県美馬市出身)第1回「ドラ1でのプロ入り誓う本格派右腕」

「ドラフト1位でプロに行く」  そう力強い目標を掲げているのが、日本体育大学硬式野球部4年・篠原颯斗だ。昨年秋、首都大学野球リーグ戦1部で4勝を挙げ、防御率0.40をマーク。最優秀投手とベストナインに選ばれ、冬には侍ジャ […]

立川新(東海大学柔道部/愛媛県四国中央市出身)最終回「激戦区に身を置く若者が描く未来予想図」

 2013年、川之江北中学柔道部と川之江柔道会で技を磨いた立川新は、柔道の名門である新田高校に進学した。愛媛県松山市にある新田高校は1938年に創設。多くの部活動が全国大会に出場するマンモス校だ。寮は学校の目の前にあり、 […]

立川新(東海大学柔道部/愛媛県四国中央市出身)第3回「幼少期から描いていた夢」

 立川新は川之江柔道会に入門したばかりの頃は3歳の時だった。体が小さく悔しい思いをすることが少なくなかった。負けず嫌いの少年は父・昭宏の課したクライミング、走り込み、足指の筋力強化、パワーアンクルの装着といったトレーニン […]

立川新(東海大学柔道部/愛媛県四国中央市出身)第1回「“動”を飲み込む“静”の力」

 日本男子の柔道界において、73キロ級は層が厚い。大野将平(旭化成)はリオデジャネイロオリンピックの金メダリスト。橋本壮市(パーク24)は2017年世界選手権王者である。彼らを筆頭に積極的に技を仕掛ける柔道家が多い。激戦 […]

垣田真穂(早稲田大学自転車部&チーム楽天Kドリームス/愛媛・松山学院高校出身)最終回「叶えた夢と、敵わなかった力」

 2023年春、早稲田大学に入学した垣田真穂は拠点を静岡県に移した。1933年創部の同大自転車部の拠点は埼玉県所沢市にも関わらず、なぜ垣田は静岡に向かったのか――。それは松山学院高校卒業前に、日本自転車競技連盟(JCF) […]

垣田真穂(早稲田大学自転車部&チーム楽天Kドリームス/愛媛・松山学院高校出身)第3回「ストップされた高校時代の無敗街道」

 2020年春、垣田真穂は愛媛県の松山城南高校(翌21年から松山学院高校に校名変更)の門を叩いた。松山城南は当時・全国高校総合体育大会(インターハイ)3連覇中の強豪校。福岡県タレント発掘事業、「ジャパン・ライジング・スタ […]

垣田真穂(早稲田大学自転車部&チーム楽天Kドリームス/愛媛・松山学院高校出身)第2回「“狭き門”をくぐり抜けた末の競技転向」

 福岡県北九州市で生まれた垣田真穂(早稲田大学自転車部&チーム楽天Kドリームス)。その名前は両親の祖父から漢字1字ずつを取って付けられた。また「穂」については女子サッカー界のレジェンドにも由来しているという。ちなみに垣田 […]

垣田真穂(早稲田大学自転車部&チーム楽天Kドリームス/愛媛・松山学院高校出身)第1回「ライジングスターが目指す二本道」

 自転車競技には大きく分けて8つの種目がある。そのうちオリンピック種目はロードレース、トラックレース、マウンテンバイク、BMXの4つだ。パリオリンピックにトラック日本代表として出場した垣田真穂(早稲田大学自転車部2年/& […]

岩佐壱誠(帝京大学駅伝競走部/徳島県那賀町出身)最終回「大胆かつ極端な決断」

 帝京大学駅伝競走部4年生の岩佐壱誠は徳島科学技術高校、通称科技校の電気コースを選択していた。このコースを選択した理由は「就職率が高いから」だった。ところが高校2年の冬、進路を「就職」から「大学進学」に変更する。きっかけ […]

岩佐壱誠(帝京大学駅伝競走部/徳島県那賀町出身)第3回「一番下からのスピード昇格」

 帝京大学駅伝競走部4年生の岩佐壱誠は中学時代、剣道部に属しながら駅伝大会前に結成される期間限定の部活に招集されていた。中学2年の冬に開催された徳島駅伝16郡市という郡市対抗戦を走った。その走りを見た徳島技術科学高校の陸 […]

岩佐壱誠(帝京大学駅伝競走部/徳島県那賀町出身)第2回「大自然の中を爆走した少年期」

 帝京大学駅伝競走部に所属する4年生の岩佐壱誠は、徳島県那賀町で生まれ育った。この町は高の瀬峡という峡谷や大釜の滝、大轟の滝など景勝地がある。大自然の地に岩佐は生を受けた。     (2019年5月の […]

岩佐壱誠(帝京大学駅伝競走部/徳島県那賀町出身)第1回「未知数で楽しみなランナー」

 帝京大学駅伝競走部は1999年に創部された。部の歴史は浅いが正月の風物詩と言われる箱根駅伝の常連校である。同駅伝での最高順位は第76回大会と第89回大会で記録した総合4位。2005年11月に就任した中野孝行監督の指導の […]

天羽進亮(東洋大学体育会ラグビー部/徳島県吉野川市出身)最終回「逆襲に燃える“情熱のファイター”」

 2022年春、天羽進亮(あもう・しんすけ)は高校卒業後、生まれ育った徳島県吉野川市を離れ、埼玉県川越市に寮・練習場を置く関東大学ラグビーリーグ1部の東洋大学に進んだ。「2部にいた頃から観ていましたが、みんな身体を張るチ […]

天羽進亮(東洋大学体育会ラグビー部/徳島県吉野川市出身)第3回「スタンドオフへの転向」

「稲さんの話を聞いて、すごく興味が湧いた」  天羽進亮(あもう・しんすけ)は、小学5年生から中学卒業まで続けていたサッカーからラグビーに転向した理由を語った。彼の呼ぶ「稲さん」とは徳島県立城東高校ラグビー部のS&Cコーチ […]

天羽進亮(東洋大学体育会ラグビー部/徳島県吉野川市出身)第2回「“カッコ良いおっちゃん”からのスカウト」

 2003年春、天羽進亮(あもう・しんすけ)は徳島県吉野川市の天羽家の第3子として生を授かった。父・誠二はラガーマン。天羽の5歳上の姉(長女)はラグビー日本代表のエンブレムに因んで「桜子」、3歳上の姉(次女)は高校ラグビ […]

天羽進亮(東洋大学体育会ラグビー部/徳島県吉野川市出身)第1回「向こう傷を恐れぬ鉄紺の司令塔」

 ラグビーの司令塔と言えば、「10」を背負うスタンドオフ(SO)が想起されるだろう。パス、ラン、キックのスキルを駆使し、チームのアタックを司る花形ポジションと言ってもいい。「やっぱり僕はタックルが好き」。全国大学選手権2 […]

郡紘平(専修大学サッカー部/徳島県徳島市出身)最終回「全国に連れていく覚悟」

 徳島ヴォルティスのユース昇格のオファーを蹴った郡絋平は、地元の強豪校である徳島市立高校への進学を考える。実家から通えるため、両親も一安心……、と思いきや、そう易々と話は進まなかった。   <2017年6月の原 […]

郡紘平(専修大学サッカー部/徳島県徳島市出身)第3回「心にかかった霧」

 郡紘平は小学生の頃から四国のトレセンに選ばれていた。小学校卒業後の進路を徳島ヴォルティスジュニアユースに定めた。郡は四国の精鋭に選ばれるほどの実力の持ち主。Jリーグの下部組織に進むのは当たり前と言えば当たり前である。兄 […]

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