“シンクロの母”が帰ってきた。近年、世界大会でのメダルなしが続くなど低迷するシンクロナイズドスイミング日本代表。今年4月、復活の切り札として井村雅代がコーチに就任した。井村はかつて日本代表を五輪6大会連続でメダル獲得に導いた名指導者。その辣腕は、日本のみならず海外でも発揮された。中国代表を率いた北京、ロンドン五輪では2大会連続でメダルを獲得し、シンクロ後進国を強豪に育て上げた。今回の復帰は日本では10年ぶり。ソロとチームを担当する。世界での戦い方を知る名コーチに、二宮清純が日本の現状を訊いた。


二宮: 10年ぶりの復帰となりましたが、今回はヘッドコーチではなく、ソロと担当コーチというかたちで携わると?
井村: 9月のアジア競技大会と10月のワールドカップに向けて、ソロとチームの担当コーチを任されています。私は日本のシンクロに育ててもらったから、恩返しの気持ちもありますね。

二宮: 今年4月からチームを指導されています。現在の日本代表選手たちは、井村さんの目にはどう映りましたか?
井村: 久しぶりに本格的にチームを見ることになりました。就任前、私はゼロからのスタートだと思っていましたが、実際はマイナスからでした。

二宮: それはどういった意味で?
井村: たとえば北京五輪前に指導した中国ではゼロからのスタートでした。なぜかというと、向こうの人たちからすれば、私は外国から来た人。だから、今までとは違うコーチであることを理解し、そこに期待をしている。ところが、今回は、選手たちにとっては、今までと同じ日本人のコーチという感覚が大いにあると思うんです。“違って当然”というところから始まっていない。今までのやり方との違いに戸惑う部分を、排除することから始めなければならなかったんです。

二宮: まずはどういう点を改善すべきだとお思いですか?
井村: 正直、私が教えていた頃と、選手の素質は変わらないんです。むしろ体型は昔よりも立派かもしれない。それでも結果が出ないのは、ただ力を出していないだけだと思うんです。なのに本人たちは“力を出している”と思い込んでいる。彼女たちの潜在能力は、まだまだこんなものじゃないということを、理解させなければいけませんでしたね。

二宮: 限界を自分で作ってしまうんでしょうか?
井村: そうです。だから選手に言いました。「アナタがちゃんとやっているかどうかは、私が決める。上手かったかどうかも、私が決める。“私、やっています”という顔をしないで」と。厳しいようですが、たとえ選手自身の判断で十分でも、私から見て練習が足らなければ、「もっとやれ」と言いますね。

二宮: 井村さんはこれまで指導してきた中で、2001年の世界選手権ではデュエット種目で金メダルを獲得しています。やはり、もう一度金メダルを獲りたいというこだわりはありますか?
井村: 今は申し訳ないですが、金メダルを意識するところまで行っていません。“そんな夢を見てみたい”という心境ですかね。でも、いつか意識することができたときには、自分の手にかけた選手で金メダルを獲ってみたいですよね。金メダルは1度だけしか経験はありませんが、その日、その大会の1等賞に過ぎないんですよね。明くる日になったら、過去のものになっていると思うんです。そこからスタートが始まる。世界一になってみて初めて分かりました。それに世界一になれば、欠点がなくなり練習量も減ると思っていたんです。ところが減るどころか、増えますね。目指すところが、もうひとつ上のものになってきますから。

二宮: これで終わりということはない。永遠の通過点みたいなものなんでしょうね。
井村: そうですね。だからスポーツって面白いですね。人間って、人ができたら可能と思うくせに、人ができないと不可能だと思いがちです。勝手に自分で限界を決めてしまう。そういう意味で、先頭を走るって難しいことなんです。だから私は今のチームでもトップの限界を引っ張り上げてやろうと思うんです。

<現在発売中の『第三文明』2014年8月号でも、井村コーチのインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>