ここ数年、ボクシング界は秋口から年末に向けて熱さを増していくようになった。大晦日にビッグイベントが開催され、複数の世界タイトルマッチが行われる。その模様が地上波でテレビ放映され、お茶の間のファンに届くようになってからだろう。
(写真:注目のローマン・ゴンサレス戦が9月5日に正式決定し、「やるしかない」と意気込む八重樫)
 大晦日にスーパーファイトが集中する。そのため翌年の前半には、あまりビッグマッチは組まれない。今年もボクシング界が本格的に盛り上がるのは、これからだ。

 亀田興毅は動き出すようだ。
 昨年12月3日、大阪で行われた弟・大毅とリボリオ・ソリス(ベネズエラ)のWBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦で、王座移動規定においてファンを騙したことで現在、亀田ジムはペナルティを受け、活動停止状態に陥っている。このままでは亀田3兄弟は国内では試合を行えない。

 この状況を打破すべく、興毅は3兄弟揃ってのジム移籍を決意した。興毅が目指すのは日本人初の4階級制覇。そのためには何としても、WBA世界スーパーフライ級王者・河野公平(ワタナベ)戦を実現させたい。賢明な判断だと思う。おそらく年内に、この一戦は実現するだろう。

 これまで弱いチャレンジャーを選んで防衛戦を続けてきた興毅の試合はおもしろくなかった。だが、河野戦は意地の張り合いが期待できる。観る者に緊張感をもたらせてくれること必至。ぜひ観たい。

 さて、秋口から盛り上がりを見せるボクシング界だが、その先陣を切る見逃せないカードがある。9月5日、東京・代々木第2体育館で行われるWBC世界フライ級タイトルマッチ、王者・八重樫東(大橋)と挑戦者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア、帝拳)の一戦だ。まずは、ゴンサレスの挑戦を受ける八重樫の志の高さを評価したい。

 ゴンサレスは言わずと知れた「軽量級最強」と目される男である。87戦全勝のアマチュア成績を引っさげ、2005年にプロデビューを果たして以降、39戦全勝。うち33のKO勝ちがある。この間にWBA世界ミニマム級王者となり、3度防衛。WBA世界ライトフライ級王座も制して5度防衛し、スーパー王者にも認定された。
 
 日本人選手とも3試合を行っている。松本博志(角海老宝石)、新井田豊(横浜光、当時WBA世界ミニマム級王者)、高山勝成(真正、現IBF世界ミニマム級王者)とグローブを交え、いずれも完勝。売りはハードパンチだが、試合運びにも長け、死角は見当たらない。そのため、亀田兄弟はもちろん、井岡一翔(井岡)らも彼と闘うことを望まなかった。

 そんな最強の男を王者として迎え討つ八重樫は言う。
「皆、ゴンサレスが勝つと思っているでしょう。たぶん僕がゴンサレスよりも優れているのはハートだと信じている。フィジカルで負けて、パンチで負けて、スピードで負けて、でも根性で負けるつもりはない。最後まで絶対にあきらめない」

 単に王座を獲得し、その地位を守り続けることがボクシングの「美」ではない。強い男が目の前にいたならば損得など考えず、臆せずに挑むことこそが「美」である。目指すべきは「王座」ではなく、「最強」なのだ。

 ただ、この一戦、総合力を冷静に分析したならば、八重樫に勝機はないと思う。予想を問われたならば、「ゴンサレスの勝利」と答える。それでも勝負事はやってみなければわからない。

 もし、この一戦で八重樫が勝利し、王座を守ったならば、これまでバイプレーヤー的な存在に甘んじてきた彼の人生は大きく変わることだろう。八重樫陣営の“策”に期待したい。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン 〜人種差別をのりこえたメジャーリーガー〜』(ともに汐文社)。最新刊は『運動能力アップのコツ』(汐文社)。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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