“おかわりくん”といえば、昨季日本一に輝いた埼玉西武の主砲・中村剛也選手だ。だが、実は日本球界にもう一人、“おかわりくん”がいる。BCリーグ富山サンダーバーズの主砲として活躍した野原祐也選手だ。そのバッティングの技術は一昨年、富山のプレーイングコーチを務めた宮地克彦氏（福岡ソフトバンク２軍育成担当コーチ）のお墨付き。育成からのスタートだが、本人も「今すぐに支配下登録される自信はある」と豪語する。BCリーグ界きってのスラッガー “富山のおかわりくん”が、今度は日本球界を代表する“西のおかわりくん”を目指す。
―― ２年越しの夢をかなえた気持ちは？
野原： 球団がホテルに会場を設けてくれたのですが、それこそドラフト上位の選手が会見するような立派な会場だったんです。地元メディアはもちろん、産経新聞社やデイリーさんもいたりして……。すごすぎて「うわぁ、これで指名がなかったらどうなるんだろう」って（笑）。だから育成ドラフトに入ってすぐに呼ばれた時は、ホッとしました。ただ育成枠なので、翌日には「支配下登録されるように頑張らなければいけない」と気持ちを引き締めました。
―― その会見では金本知憲選手（阪神）の引退を示唆したとか。
野原： あれは……本当にそんなつもりで言ったわけじゃないんですよ。あまりの緊張で頭が真っ白状態のところに「タイガースのチーム事情を知っていますか？」という質問を受けたんです。会見前にチームメイトから「金本さんの後釜になれるように頑張れよ」って激励されて、それが頭に残っていたんでしょうね。思わず「金本さんもそろそろやめられるかもしれない……」なんて言ってしまいました。会場も一瞬、「えっ!?」みたいな空気が流れて……。横から球団社長に「お前、自分の言っていること、わかってるか！」って言われたんですけど、自分が何を言ったのかわからなかった。ほんと、あれはやっちゃいましたね……（笑）。
―― 金本選手からも伝言があったとか。
野原： はい。スカウトの方から「金本から“楽しみにしている”という伝言を預かってきました」って言われました。もう、既に目立ってしまっているようで……。これからは野球で目立てるように頑張らないと。
BCリーグでは２年間、全試合に出場した野原選手。１年目には首位打者と本塁打王の２冠に輝くなど、遺憾なく実力を発揮した。だが、それまで順風満帆だったわけではない。高校時代は生活態度が悪いと首脳陣から厳しい目で見られ、４番を張った大学時代はケガで社会人への進路を断たれた。そして四国アイランドリーグのトライアウトを受けるも、前日の交通事故で負ったケガが原因で力を出すことはできず不合格……。一時は野球を諦め、就職活動をしたこともあるという。そんな紆余曲折を経て入ったBCリーグで果たして、彼はどんな成長を遂げたのか。
―― 昨オフにG.G.佐藤選手（西武）や根鈴雄次さん（元新潟アルビレックスＢＣ）と一緒にトレーニングをした。それまで自分がやってきたこととの違いは？
野原： まず驚いたのは、集中力の高さですね。何をするにも、まず呼吸を整えることから始めるんです。集中力が最高潮になったところで、始める。まるで命を懸けてウエイトトレーニングをやっているような感じでした。それからやり方も全然違っていました。例えばベンチプレスだったら、ゆっくりと持ち上げるのが普通だと思うんです。ところが、２人のトレーニングは違う。一気にパッって上げるんです。バイクを漕ぐにしても、一発目から力いっぱいドンと漕ぐ。というのも、バッティングってボールとバットが当たる瞬間にバッと力を入れるわけです。盗塁だって、そう。一瞬にしてスタートを切らなければいけません。そういったことに全部つながっているんですよね。
―― どんな効果が出たのか？
野原： それまでやっていなかった内転筋なども鍛えたのですが、翌年の春に富山に戻った時に、「体が大きくなっている」とみんなから言われました。そしてキャンプの初日、ベースランニングをしたら、チーム一俊足の選手よりも速く走れたんです。最初は向こうが力を抜いているからだと思ったのですが、50メートルを走ったら今度は５秒台が出た。それでも押し間違えだろうと思ったのですが、翌日もまた５秒台が出たんです。それで本当に足が速くなったことを実感しました。体もキレていて、パワーで進んでいるような感じでした。というのも、G.G.佐藤さんや根鈴さんのトレーニングは、体はたとえ80キロから90
キロに増えても、脳は80キロの時の動きを覚えているようにするものだったんです。ほんと、自分が今までやってきたこととは全てが違いました。
キーポイントは逆方向への打球―― BCリーグには元NPB選手の指導者がズラリと揃っている。どんなことを教わったのか。
野原： 鈴木康友監督からは走塁について随分と教わりました。鈴木監督が盗塁のサインを出した時というのは、ほとんどセーフになるケースなんです。だから、そういう時のボールカウントやアウトカウントを覚えておくようにと。それから１年目にプレーイングコーチだった宮地さんからは、バッティング練習はバスターで逆方向から始めるようにと言われました。最初からフルスイングすると、どうしても力んで体が開いてしまう。でも、逆方向から入っていくと、きれいなフォームで振り抜くことができるんです。
だから調子を落とした時には、逆方向に打つバッティングをひたすらするようにしていますね。打てないというのは、フォームが崩れているからなんです。そこでショートへの逆方向に強い打球を打つようにすると、またバットがきれいに出てくるようになる。逆に調子のいい時にも、そのフォームを崩さないように、やっぱり逆方向に打つようにしています。僕にとって逆方向への打球というのはすごく重要なんです。
―― 富山での２年間で一番成長したと思う点は？
野原： 野球に対する気持ちが強くなったと思います。今までは辛い練習をすると、すぐに根をあげていたんです。自分を限界までもっていくことができなかった。練習なんて抜こうと思ったら、いくらでも抜くことができますから。富山でも１年目は自分を追い込むことができなくて、よく宮地さんに怒られていました。でも、今は逆に辛いことを求めるようになりました。それももっと上手くなりたいという向上心が出てきたからだと思います。大嫌いだったランニングも今では大好きになりましたよ。
昨季、BCリーグ出身第１号のNPBプレーヤーとなった内村賢介選手（石川−東北楽天）が１年目から支配下登録され、シーズン途中からレギュラーをつかんだ。これには野原選手も大きな刺激を与えてもらったという。果たして、内村選手に続くことができるのか。プロへの意気込みを訊いた。
―― 支配下登録される自信は？
野原： すぐにでもされる自信はあります。レギュラーを獲得するには、全体的にレベルアップする必要があると思いますが、大いにチャンスはあると思っています。それに自分が内村選手に続いて活躍できれば、BCリーグへの印象もよくなりますし、後輩たちにも大きな励みになる。今はそれがいいモチベーションになっています。
―― 目標とする選手は？
野原： 自分が阪神に入団するからとか関係なく、金本さんには前から憧れを抱いています。ケガに強いところや勝負強いバッティング……。“鉄人”って言われてますけど、まさにその通りだと思いますね。自分も金本選手のように、打席に立っただけでファンから期待される選手になりたいです。
―― ファンへのアピールポイントは？
野原： 技術的にはまだまだですが、全力でプレーする姿をファンの方々には見てもらいたいと思います。一塁への全力疾走だけは誰にも負けないつもりです！
バスでの長距離移動、慣れない雪国生活……。BCリーグでの２年間は決して楽ではなかったはずだ。だが、野原選手は笑顔でこう言い切る。「きつかったこと？ 自分は好きな野球をやらせてもらっていましたから、毎日が本当に楽しかったですよ。辛いなんて思ったことないです」。いつの日か、“おかわりくん”の東西対決が見られるかもしれない。
＜野原祐也（のはら・ゆうや）プロフィール＞
1985年１月７日、埼玉県出身。大宮東高では３年時に１番打者として活躍。国士舘大学では４番に座り、４年時には主将を務めた。2007年、BCリーグの富山サンダーバーズに入り、１年目から首位打者、本塁打王の２冠に輝く。２年目の昨季は無冠ながら主砲としてチームをリーグ優勝に導いた。パワーのみならず、50メートル５秒09の俊足の持ち主。“富山のおかわりくん”としてファンからも親しまれている。178センチ、83キロ。右投左打。
（聞き手・斎藤寿子）
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