草野球に、ひとり元プロ野球選手がまじると、たとえホームランを打たなくても、バットの振りの速さやスイングの音だけで彼我の違いが実感できるものだ。
 ちょうど今、ジャイアンツの松井秀喜がそんな感じである。彼がバットを振ると、他の選手のスイングの速さや音がアマチュアのそれに見えてしまう。精鋭揃いのプロにあっても、ひとり彼だけは“別格”という印象を受ける。
 4月11、12日のドラゴンズ戦、13日のベイスターズ戦を取材して、松井の怪物ぶりを実感した。
 まず11日、松井がサウスポーの前田幸長から放ったライトスタンドに突き刺さる打球は、大げさにいえば、音速の一撃だった。彼の低くて速い弾道は、イメージとしてはICBM(大陸間弾道ミサイル)である。

 続いて12日、メルビン・バンチが投じたフォークボールを体勢を崩されながらもライトスタンドに持っていった。しかし、それよりも私が驚いたのは、このホームランよりも最終打席でのレフトオーバーの二塁打だ。落合英二が投じたアウトコース、見逃せばボールという高さのストレートを逆方向に運んでみせたのだ。

 長い間、プロ野球を見ているが、外角のボールをレフト方向に、しかもあれだけ遠くに飛ばせた左バッターが、かついてただろうか? 全盛期のランディ・バース(タイガース)もすごかったが、バースの場合、パワーというよりも甲子園の浜風に乗せるテクニックの方が目立っていた。うまさはともかく、純粋なパワーなら、松井の方がはるかに上だろう。

 そしてその翌日、今度はベイスターズ戦でライトスタンドへ自身5本目のサヨナラアーチをかけた。サウスポーの森中聖雄が投じた内角のストレートを強振すると、打球は弾丸ライナーとなってライトスタンド上方の広告看板にぶち当たった。
「本当にこれ以上ない完璧なホームラン」
 めったに自分のことを褒めない松井が珍しく自画自賛していたところを見ると、完全無欠の一撃だったのだろう。
 いずれにしても“これぞ4番の仕事!”と思わずうなり声を発してしまうような見事な一発だった。

 今年の松井は昨年以上に積極性が出てきた。去年まではボール球に手を出さず、きちんと見逃していたが、今年は「打てる!」と自ら判断したボールは、ボール球でも強引にねじ伏せにかかる。

 もちろん、何でもかんでも手を出すというわけではない。低めのボール球、とりわけ左投手のアウトコースに逃げるスライダーは、今までどおり見逃している。打ってもヒットになる確率は少ないと判断してのことだろう。

 狙っているのは外角の高めだ。これを無理やり引っ張ろうとせず、バットを上からかぶせるようにしてセンターから左方向へ持っていく。かといって「流し打ち」というイメージではない。言葉にすれば「逆方向へ引っ張る」というニュアンスである。

 あれっ、と思った場面があった。
 今年の3月13日のことだ。
 高松でのファイターズ戦。
 松井はスコット・サンダースが投じた高めのボール球をライトスタンドへ運び去った。バットをかぶせるようにして上から叩きつけ、ボールにラインドライブをかけて、打球に推進力をもたせた。
「見逃せばボールだね。スイングの最後にヘッドを正して帳尻を合わせた」
 満更でもないという表情で松井は言った。

 松井のテクニックは年々、進化をとげている。デビュー当時はインコースを苦手としていたが、キャンプ中、ずっとベース付近に立ち続けることで、つまり窮屈なフォームでもしっかりインサイドからバットを振りぬくコツを取得することでそれを克服していった。

 昨年のキャンプでは、グリップエンドを右手で包み込むような打法に取り組んだ。これにより、インパクトの瞬間、力みがとれスムーズにバットが出るようになった。低めのボール球でもタイミングを崩される場面も少なくなった。

(後編につづく)

<この原稿は1999年10月発行『1ミリの大河』(マガジンハウス)に掲載されたものです>
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