東京の都心を3万人ものランナーが駆け抜けた「東京マラソン2007」。第2回大会が来年2月に開催される。その申込みが8月17日に締め切られ、フルマラソンは定員2万5千人に対し、昨年より68%増となる約13万人もの申込みがあったという。
今年2月17日に行われた記念すべき第1回大会は、雨と寒さという厳しいコンディションの中で、96.7%という高い完走率を記録した。沿道の応援、そして1万2千人ものボランティアスタッフによるサポートがあったからこそだろう。
 かねてよりスポーツイベントの運営やスポーツボランティア・リーダーの養成事業を行ってきた笹川スポーツ財団(SSF)が、同マラソンの特別支援としてボランティアスタッフを統括。東京マラソン競技運営部主幹・浦久保和哉氏に、東京マラソンの舞台裏を訊いた――。

※3月に終了した「週刊シミズオクトスポーツ」にて06年8月〜07年3月、不定期連載でお届けした「キーマンの告白 〜陰の立役者たち〜」の再録です。
 スポーツを「する」から、スポーツを「観る」「支える」へ

 もともと笹川スポーツ財団(以下SSF)では、東京シティロードレースを開催していましたが、数年前から都市型マラソン開催に向けた動きが出ていました。僕は03年から担当として、ニューヨークシティマラソンやロンドンマラソン等、世界的な都市型マラソンの調査をしてきました。
 日本陸連と東京都主催で「東京マラソン2007」が開催されることになり、今まで実際に調べてきたことやイベントでの経験を生かし、SSFがボランティアスタッフのマネジメントの部分を担当することになりました。
(写真:東京の都心を3万人ものランナーが駆け抜けた)

 SSFでは「Sports For Everyone」という言葉を掲げています。スポーツには個々それぞれの楽しみ方、関わり方がある、と。今まで、スポーツとの関わり方としては「する」が一番多かった。プロ野球、サッカー、ゴルフ人気で「観る」も定着してきた。そして、長野五輪や日韓W杯などいろんな契機はあると思いますが、スポーツを「支える」ニーズも出てきた。SSFとしてスポーツ事業を行っていく中でも、スポーツボランティアのニーズが高まってきたことを感じていました。

 ニューヨークシティマラソンには03年から視察で行き、昨年は実際にランナーとして参加しました。日本国内にも多くの市民マラソンがありますが、実際にニューヨークを走ってみて、競技の枠を越えていることを感じましたね。まさに「祭り」のような雰囲気。多くの人たちがそれぞれの立場で関わり、いろいろな ものを受け止められる――そういう機会を提供するのが、シティマラソンなのだと実感しました。

 ボランティアはクリエイティブな活動

 2月の開催に向け、東京マラソン事務局での仕事に入ったのは昨年のGW明けからです。まず、マラソン大会で必要な業務の洗い出しから始めました。ここは有給のスタッフ、ここはボランティアスタッフ、というように業務を分けて、さらにそれぞれの業務に何人くらいが必要なのか、と。業務の細かい仕分けの調整は直前まで続きました。
 大会開催までのボランティア担当としての仕事は、大きく分けて�ボランティアの募集、�ボランティアによる運営体制の構築、�養成(説明会の開催)の3つ。SSF内に「東京マラソンボランティアセンター」を設置し、実際にボランティアの募集をかけたのは10月下旬からです。応募状況が良かったので、1月中旬に予定していた締め切りは前倒しになりました。
 団体、個人など申し込みの形態はそれぞれでしたが、高校1年生から85歳の女性まで、1万2千人のボランティアスタッフが、今回の東京マラソンの業務に携わりました。

(写真:大会当日のボランティアスタッフ受付のようす)
 ボランティアスタッフを対象とした事前の説明会は、12月初旬から2月上旬まで、数十コマはやりましたね。実際にマラソン大会での給水の様子や、ランナーが一斉にスタートする様子などを5分くらいにまとめたビデオを見せて、大会のイメージを持ってもらい、その上で、ボランティアの活動の内容や楽しみ方を1時間半くらいで伝えていきました。
 ランナーの受付を行った「東京マラソンEXPO」会場の東京ドームでも、2日間で3000人近いボランティアスタッフを対象に直前説明会を行いました。

 僕はランニングのプロではありませんが、一市民ランナーとして実際のレースで嬉しかったことを、ボランティアの皆さんにやっていただきたい、と伝えていきました。ランナーは後半になればなるほど苦しい。例えば、スタート地点と30km地点に立っているボランティアでは、ランナーへかける言葉も全然違ってくるわけです。そういう部分でも自分の経験を生かすことができたと思います。

 ニューヨークやロンドンのマラソンを観て印象に残ったのは、ボランティアもとにかく楽しんでいるという点です。今回の東京マラソンでも、一番に、ボランティアの人たちに楽しんでもらいたかった。「裏方」というとどうしても「頑張って走り回ってください」となりがちです。走り回ることももちろん必要ですが、その目的が、楽しむことであってほしい、と。
 そこで、誰のためにやっているのか、というのを明確にさせたかった。説明会では「ランナーのためにやってください」と常に伝えました。ランナーに喜んでもらったことを、自分たちの喜びとして感じてほしいし、ランナーのひたむきな姿を自分の姿に置き換えてやって欲しい、と。それが自分たちのやりがいにも楽しみにもつながるんですよね。

(写真:ランナーたちの荷物を整理するボランティアスタッフ)
 また、指示されて動くだけではなく、自分で考えて動いて欲しい、と。「支える」立場ではありますが、それ以上に「この大会を皆さん方の力で、一緒につくっていきましょう」と。ボランティアは裏方ではありますが、非常にクリエイティビティの高い活動です。個々が持っている能力を総動員すれば素晴らしい運営ができる。今回、それができたかどうかという部分では不安はありますが、「一緒につくっていきましょう」というメッセージは伝えられたと思います。

 悪コンディションの中、完走率96.7%

 大会当日は、全体を�スタート、�コース(42.195km)、�日比谷のゴール地点、�ビッグサイトのゴール地点の4会場に大きく分けて、スタートであれば、手荷物の預かり、総合案内というように、それぞれの業務に有給のスタッフ、ボランティアリーダー、その下にボランティアスタッフがつきました。
 当日、僕はスタート地点で、整列・誘導係の80人を指揮する立場でしたが、あいにくの天候で、誘導のアナウンスがランナーたちになかなか届かない状況でしたから、自らトラメガを持ってアナウンスをしていました。そうせざるを得ない状況でしたね。


(写真:給水の準備をするスタッフたち)
 ランナーにとってはもちろん、運営スタッフ、ボランティアスタッフにとっても厳しいコンディションでしたね。例えば、給水所のボランティアを例にあげると、何十万本ものペットボトルを積み降ろすところからが仕事です。8時間も雨に打たれたままのボランティアスタッフも少なくなかった。
 それでも「やってよかった」「来年もまたやりたい」という声が多かったのは嬉しかったですね。「来年はランナーとして出るよ」という声もありました。実際に走ったランナーの方から、「ボランティアスタッフに御礼がいいたい」という問い合わせもありました。
 そしてあれだけの悪コンディションの中、完走率約97%というのは、僕らとしても非常に嬉しい結果でした。
 もちろん苦情もあります。ただ、今年の経験は来年以降に必ず生かせられると思う。実際に活動にあたったボランティアスタッフの声を集めて、また来年につなげたいですね。

(写真:バナナ、パンなどのミールサービスも)
 今回のマラソンは、僕としても大きなチャレンジでした。特に大変だったことは、ボランティアスタッフへの個別の対応でした。説明会も日々ありますから、毎日がイベントなんです。イベントをこなしつつ、マニュアルをつくって、ボランティアスタッフとコミュニケーションをとって、全体業務との調整もある…。12月頃からは睡眠時間もあまりとれない日々でした。休まるときはほとんどなかったですね。
 事務局の中で、ボランティアスタッフが担う業務をきちんと把握しなければいけなかったし、そのコーディネート役、接着剤役として、十分に役割が果たせたかどうか、自己評価としては決して高くはありませんが、良い勉強になりました。

 大きな意味を持つ市民マラソン

 ランニングは技術がなくても始められるし、1人でもできる。走ることは辛いけど、ゴールしたときの達成感、応援してもらうことの喜びなど、感じることは1人1人、違うと思うんです。また、ボランティアの翌年はランナーとして参加するとか、ランナーとして走ったら次はボランティアとして参加する、というように、相互効果がある。
「する」「観る」、そして「支える」喜びともに、街を使うダイナミックさによる感動も大きい。スポーツが持つ深くて広がりのある感動が、ランナーのみならず、スタッフ、ボランティア、関わったすべての人に与えられるんだな、と。そんな気持ちで、この仕事に取り組んできました。

(写真:救護所での一場面)
 今回は、最初の大会なので、ボランティアスタッフの募集は、説明したことが理解できるよう「高校生以上」という規定を設けましたが、本当は子どもたちにもやってもらいたいと思っています。ボランティアスタッフの説明会でもよく口にしましたが、大人が真剣に自分と向き合って戦う姿を見る機会は、それほどないと思うんです。そういうところからも、スポーツの裾野を広げることになるんじゃないかな、と。

 公道を使っての大がかりな市民マラソンというのは、大きな意味があると思う。SSFというスポーツを振興していく立場として、東京マラソンを発展させていくことはもちろん、大阪、名古屋など、ほかの都市でも「スポーツのお祭り」として実現できるよう、今回の経験を今後につなげていきたいと思います。


浦久保和哉 (うらくぼ・かずや)プロフィール
1973年奈良県生まれ。金沢大学教育学部スポーツ科学課程卒業後、大阪体育大学大学院体育学研究科生涯スポーツ学専修了(体育学修士取得)。修了後、(株)三菱総合研究所に就職。02年8月に笹川スポーツ財団に転職。03年4月より、東京都心における3万人規模の市民マラソン開催実現に向けた「海外ロードレース大会実態調査」を担当し、「ロンドンマラソン」「ニューヨークシティマラソン」に関する運営体制について調査レポートをまとめた。専門領域は、スポーツ社会学、スポーツ政策論。自身もニューヨークシティマラソン等フルマラソン完走の経験を持つランナー。剣道5段。現在、東京マラソン事務局競技運営部主幹でボランティアのマネジメントを担当。