国際化に向けた動きに水を差すとんでもないヤツがいる。悪役といえば、ここ。そう、天下の読売ジャイアンツである。
 球団独自の改革案として、昨年8月、巨人は次のような文書を「制度改革委員会」に提出した。
〔「不朽の国技」は相撲、柔道を指すのが常識であり、野球はアメリカの国技であるから削除すべきである。「世界選手権」については、意気込みとしてはわかるが、現段階としては不適切といわざるをえない。このふたつのフレーズの代わりに「スポーツの振興」「国民の心身の健康増進」「社会的貢献」「国際親善」の字句を入れるべきである〕
 まったく何もわかっちゃいない。「意気込みとしてはわかるが」などと気のぬけたことを言っているが、意気込みなくして、いったい何のためのプロ野球なのか。「国際親善」とは、ずいぶん耳ざわりのいい言葉だが、シーズン終了後のチンタラした“日米野球”から、いったい何を学べというのか。
 読売よ、答えるべきだ!
 真の「国際親善」とは、互いのプライドをぶつけ合う真剣勝負からしか生まれてこない。巨人は単に弱いだけかと思っていたら、いつの間にか魂まで軟弱になってしまったのか。
 そもそも日米決戦を最初に主張したのは、初代オーナー故正力松太郎であり、その崇高な理念は今も野球協約の中に、しっかりと生き続けている。
 読売の幹部と巨人の首脳陣は、目をかっ広げて読むがいい。
(第一章総則第三条の一)
 わが国の野球を不朽の国技にし、野球の権威およびその技術に対する国民の信頼を確保する。
(第一章総則第三条の二)
 わが国におけるプロフェッショナル野球を飛躍的に発展させ、もって世界選手権を争う――。
 つまり「不朽の国技」という字句を削除せよとか、「世界選手権」は不適切だという読売の主張は、協約違反の色が非常に濃いといわざるをえない。そればかりか、初代オーナーのせっかくの功績にツバを吐きかけることになりはしないか。

 ある球団幹部が呆れ口調で話す。
「巨人さんの考えていることは、時代に逆行しているとしか思えない。我々の感じている危機意識が、あそこにはまるでないんでしょうね。なぜ若いファンを中心に野球離れが起きているかといえば、それは球界がロマンを与えられないからですよ。それなのに“不朽の国技”や“世界選手権”といった字句を除去してしまったら、ますます野球離れに拍車がかかってしまうことは自明の理です」
 広告代理店筋の調査によると、国民が最も関心を持っているスポーツはサッカーで18.5%の占有率。かつて栄華を誇った野球は、サッカーより5.8ポイントも低い12.7%だった。
 とりわけ、10代、20代の野球離れは顕著で、あと10年もすれば、プロ野球はマイナースポーツに転落している可能性すらある。国際大会に代表されるような、新しく夢のあるビジョンを今すぐ打ち出さないかぎり、未来は一向に開けていかないのだ。

 ところで野球の国際化、ワールドシリーズ構想は、旧態依然とした日本の野球構造にも大きな影響を与えそうだ。
 日本野球にはいくつもの問題が山積みされているが、なかでも、プロ−アマの“冷戦構造”は球界全体にはかりしれない害毒を垂れ流している。
 若干の“雪解け”は見られたものの、依然としてアマ球界はプロを受け入れず、プロも選手の供給源であるアマに資金を提供しようとしない。人的交流も限られており“雪解け”とはいっても、実情は“ピンポン外交”的な形だけのセレモニーにすぎない。
 先頃、スワローズの野村克也監督が明大野球部に所属する息子の陣中見舞いに駆けつけたが、技術指導はおろか、声によるアドバイスすら行うことができなかった。平成の世になって、こんなバカげた規約がまかり通っているのは野球界くらいのものである。
 だが、これも国際化によって解決すると断言することができる。なぜならナショナルチームを強くしようと思えば、いい人材を育てるために一貫教育の体制を整えねばならず、今のようないがみ合いを続けるわけにはいかなくなるからだ。逆にもし、それでも執拗にいがみ合いを続けていくとするなら、日本は韓国はおろか、台湾や中国にも勝てなくなってしまうだろう。
 悲しいことに、プロ、アマ双方に自浄能力がないことを考えれば、高いところに目標を設定することによって、ドミノ倒し方式で改革を進めるよりほかに方法がないのが実情なのである。

 現場に目を移してみても、国際化に反対する選手は見当たらない。近鉄バファローズのエース野茂英雄は「そういう機会がくれば、ぜひ自分の力を試してみたい」と腕をぶし、今シーズンから西武ライオンズのユニフォームを着る佐々木誠は「負けてもいいから、自分の力を出し切りたい」と目を輝かせる。物見遊山気取りで来日する大リーガーとの“親善試合”には、もう誰もが飽き飽きしているのだ。
 そんな折も折、大リーグのシアトル・マリナーズが95年の公式戦開幕シリーズを日本で開催する計画を進めていることが明らかになった。プロ野球もいよいよボーダレスの時代を迎えることになったのだ。
 開国派の社会人野球幹部は語る。
「黒船が襲来し、その大砲の音を聞いてやっと江戸幕府が鎖国政策を捨てたように、日本の野球も“外圧”を受けないことには目が覚めないんじゃないでしょうか。その意味でも、大リーグの日本進出は大歓迎ですよ」と。
 結論づければ、国際化は凋落の坂を転げ落ちる日本野球にとって、唯一の復活策といえるかもしれない。生き残りを賭けた、最後にして最大のチャンスが、今到来しつつある。
 はたして日本野球は、この千載一遇の好機をものにできるのか。

<この原稿は1994年1月『Bart』(集英社)に掲載されたものです>
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