長いこと、この仕事をしているが、大変不思議に思うことがある。なぜプロ野球の監督はキャンプ中、敵地に足を運ばないのか――。
 今キャンプにおける最大の目玉といえば154キロ左腕の埼玉西武・雄星だ。しかし、他の球団の監督が雄星のピッチングを視察するため西武のキャンプ地である宮崎県・南郷に赴いたという話は寡聞にして知らない。
 スコアラーを派遣しているから、それで十分という声も聞くが、実際に自分の目で見るのと人から聞くのとでは大違いだろう。

 周知のようにキャンプはぶっとおしで行っているわけではない。どこの球団もほぼ4勤1休だ。休みを利用して日帰りで視察するくらい造作あるまい。そこで貴重な情報を得られればチームにとっては大変なアドバンテージとなる。

 他のスポーツに目を移すと、指揮官の敵陣視察は当たり前。今は亡きラグビー元日本代表監督・宿澤広朗が日本代表を率いてスコットランド代表に勝った際の“偵察行為”はあまりにも有名だ。

 宿澤は日本協会の「スパイ活動禁止」の通達を無視し、秩父宮ラグビー場を見降ろす伊藤忠商事ビルの11階に入り双眼鏡を構える。
<秘密練習を見るという、いわばエチケットに反する行為は勝ちたいという意欲の表れであった。そこまでして情報を集め勝とうとしている。そのことが大事なことで、秘密練習はどのような内容であったかを選手に伝えることは、同時に、「俺達はここまでやっているのだ」という情熱を伝えることでもある。>(宿澤広朗著『テストマッチ』より)

 紳士のスポーツと呼ばれるラグビーでも、このくらいのことは平気でやるのだ。サイン盗みなど日常茶飯事のプロ野球において、そのトップが敵に新戦力の品定めもせず、敵将の采配のチェックもせずに自陣にへばりついているというのは奇異に映る。双眼鏡片手にキャンプ地を飛び回る指揮官がいてもいいはずだが……。

<この原稿は「週刊ダイヤモンド」2010年2月27日号に掲載されました>
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