将を射んと欲すれば、まず馬を射よ――。WBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志にとって、その格言を具現化する武器は理詰めのボディブローだ。
 通常、右構えのボクサーファイターは左のボディブローを相手の脇腹目がけて打ち込む。「レバーがグーッと上に上がる時の気持ち悪さといったら経験した者にしかわからない。あれをくらったら戦意を喪失してしまう」。80年代後半のボクシングシーンのヒーローだった高橋直人に初めて黒星をつけた小林智昭(故人)から、かつてそんな話を聞いたことがある。「当たらなくてもいいんです。背中をかすめただけでも相手への威嚇になりますから」

 ところが内山の場合、正面から胃袋を突き刺すように打つ。空手でいうところの“裏突き”だ。手の甲を下に向け、真っすぐ打つ。「正面からドンという感じ。相手がジャブを打ってくるのを見計らって、そのままスッと中に入り、最短距離で打つ。これがコツです」

 ボディブローによるダメージはラウンドを重ねるごとに深刻になる。だが、ボクサーはそれを表情には出せない。弱みを見せればつけこまれるのがオチだ。
 しかし、体は正直である。ストマックを集中して狙われると、それを嫌うあまり無意識のうちに内を絞り始める。そうするとサイドが空く。今度は留守になったレバーを狙い打ちだ。「ボディにいいパンチが当たるたびに相手はウッとうめき声を発していましたよ」

 去る1月11日、こうしたボディブローのフルコースで無敗の王者ファン・カルロス・サルガド(メキシコ)からベルトを奪った。フィニッシュこそ右ストレートでダウンを奪ってからの連打だったが、メキシコ人の戦意を喪失させたのは執拗なボディ攻撃だった。
 内山といえばゲームセンターのパンチングマシーンを破壊した強打にばかり注目が集まるが、KOへの手続きは周到で、詰め将棋を見るような趣がある。

 17日に行われる初防衛戦の相手は185センチの長身ボクサー、アンヘル・グラナドス(ベネズエラ)。「背が高いということは、それだけ空いているところも多いということでしょう」。30歳の苦労人は、そう言ってニヤリと笑った。どこを攻め、いかに崩し、どうフィニッシュするか。チャンピオンは最後のシミュレーションに余念がない。

<この原稿は10年5月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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