巨人のドラフト1位ルーキー沢村拓一を育てた中大監督・高橋善正には、ほろ苦い思い出がある。
 1974年10月14日。後楽園球場でのダブルヘッダー2試合目、巨人対中日最終戦。「我が巨人軍は永久に不滅です!」の名台詞で知られる長嶋茂雄の引退試合だ。
 この記念すべき試合に先発したのが誰あろう高橋なのだ。「スタメンがアナウンスされ、一番センター・柴田(勲)でワーッとなり、三番ファースト・王(貞治)、四番サード・長嶋でファンの歓声は最高潮に達した。当然、ファンは先発投手には堀内恒夫(1試合目に先発)か高橋一三を期待している。V9の功労者だからね。そこで高橋善正となったわけだから“エーッ”とトーンが下がってしまったわけよ」

 ちなみに巨人のスタメンは一番から順に柴田、高田繁、王、長嶋、末次利光、黒江透修、土井正三、森昌彦、高橋善。高橋を除いてはV9のベストメンバーである。しかも彼だけが“外様”だ。球場中を埋め尽くした巨人ファンが「エーッ!?」となったのも無理はない。「聞くところによると“長嶋の引退試合の先発投手は誰?”ってクイズにもなったらしいよ。誰も当たらなかったって話だけどさ」。冴えない身の上話をジョークでくるむあたりに高橋の人柄がにじむ。

 高橋は73年、つまりV9最後の年に東映から交換トレードで巨人に移籍した。ONの練習態度を目の当たりにして目からウロコが落ちた。「キャンプでも率先して練習し、紅白戦もオープン戦もフル出場する。しかも、あれだけの選手でありながら、少しも偉そうなところがない。ONがあれだけ真剣に練習していたら、誰も手を抜くことなんてできないよ」。

 現役引退後はコーチに転じ、長年にわたってプロの投手を指導した。アマもプロも知る男に愛弟子の姿はどう映っているのか。「学生相手なら3ボールから真っすぐを3つ続けても三振かフライに取ることができる。プロではそうはいかない。ボールの精度を今より2、3割はアップしなくちゃ2ケタは勝てないね」

 愛弟子は投げるたびに評価を高めている。素材の良さは衆目の一致するところ。メディアの春風に浮かれるなよ、という親心か。

<この原稿は11年3月2日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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