格闘技の強さを語るとき、柔道やプロレスには関節技があるが、相撲にはそれがない。よって相撲よりも柔道やプロレスのほうが強い、というひとがいるが、これはまったくのウソ。一瞬のうちに決めてしまう相撲の関節技は最も実戦的といっても過言ではない。
 とったり、逆(さか)とったりはその代表的な技といっていいだろう。
 相手が差しにくる瞬間、その手首をつかみ、ヒジを決め上げるや引きずるようにして捻り倒すとったりは最近の土俵でもしばしば見かけるが、だれにでも決められるほどヤワな技ではないようだ。
<この原稿は1992年11月1日号『PLAY BOY日本版』(集英社)に掲載されたものです>

「しめ上げれば、相手のヒジが上を向くからね。本気でやれば腕が折れちゃうよ。逆とったりは、相手の腕を取り返せばいいわけだから、ある意味でもっと簡単。これは土俵際がいちばんきくんだよね。
 他に関節技系でオレが得意だったのがかいなひねり。要領としては相手の腕をつかんでコクンと引っ張り落とすんだよね。これは相手に反対のまわしをとられないことがコツ。タイミング的には一本背負いの感じに似ているかもしれないね」(栃赤城)

 投げ技の中からは、見映えの良さをかって波離間(はりま)投げに注目したい。掛け方は?左(右)四つまたはもろ差しで相手が寄ってきた場合、左(右)差し手を抜いて相手の頭を越し?右(左)上手をまわして並べて吊り、?腰のバネをきかせて左(右)後方へ振り投げる――の順。かつて栃錦や明武谷(元関脇)が得意にした捨て身技だ。
「これはよほど力がないことには土俵の真ん中ではできない。決まるのはほとんど相手に寄られた土俵際だね。少し突き落とし気味に投げるのがコツ」(栃赤城)
 他に捨て身系の投げ技の中には網打ちと呼ばれるD難度の技があるが、これは投げる前にヒジの関節を決める点がミソ。決まった瞬間、まるで合気道の達人に投げられたようにクルリと1回転するのは、ヒジがテコの支点になっているからか。
「ヒジの関節が決まれば、相手は踏ん張れない。それでも踏ん張ろうとするなら、反対に振ってやれば、それでひとたまりもないよ」(栃赤城)
 柔よく剛を制す――これは柔道のみならず相撲にも通じる格言のようである。

「技といえるかどうか知りませんが、小錦の“フタかぶし”が面白い。単に自分のダブついた肉を相手の体にかぶせるだけなんですが、これも技のひとつでしょう。他にはほっぺたをきっちりつかんでそのまま外に出す“つかみ出し”。これも小錦の“得意技”ですが、3月場所に貴闘力相手にやっています」(中田潤氏)
 もちろん、指摘の技は70手の決まり手の中にはない。協会は「だから横綱の品位に欠けるんだ」とでも思っているのだろうか。オリジナル色の強いユニーク技が出てくるのも、大相撲の魅力のひとつであるはずなのに……。
 しかし、極めつけの珍手といえば、昭和39年夏場所、4日目の“逃げ出し”にとどめをさす。
 序ノ口取組での高見山と吉瀬川の一番。193センチ、95キロの吉瀬川も、高見山の迫力に恐れおののき、時間いっぱいになって立ち上がるやいなや、いきなり後ろを向いて脱兎のごとく土俵を逃げ出してしまったというのだ。
 この前代未聞の珍事に困り果てた検査役は、吉瀬川の待ったとみなして、もう1度やり直し。高見山は逃げ腰の吉瀬川をいたわるように、そっと土俵の外に押し出しという。
 ウソのようなホントの話である。

 一見、単純そうに見えて、そのじつ奥が深いのが突き押し相撲。巨漢力士に立ち向かうための小兵力士の武器として、最近では貴闘力や旭道山の“張り倒し”が注目を集めている。もっとも、ただやみくもに相手の顔面をぶっ叩けばいいというものではないようだ。
「張り手はボクシングのフックと同様、テンプルにヒットさせるのがコツ。オレも1度、三重ノ海関の張り手をもろにテンプルにくらい、気がつくと風呂場にいたという経験があるよ。脳しんとうを起こしてしまったんだね」(栃赤城)
 張り手といえば、真っ先に思い浮かぶのが元小結の板井。強烈な張り手で元横綱・大乃国を何度も土俵に這わせたことは記憶に新しい。いったい“ハード・パンチ”の秘密は何だったのか。
「ひとつは、打ち方だね。板井の突っ張りはアッパーカットみたく、下から、しかも内側から飛んでくるんだ。普通の力士の場合だと肩幅の位置から飛んでくるんだけど、板井の場合は最初から“倒してやろう!”という感じで急所を狙ってくる。ぐっと手が伸びてくるのも嫌だったね。
 もうひとつの秘密は手に巻いた包帯。あれをガチガチに固めてボクサーのバンテージのようにしているんだから手に負えない。回転の良さでは麒麟児だけど、威力ではやはり板井のほうが上。寺尾はパチパチパチって軽い感じだったから、やりづらくても怖くはなかった」(栃赤城)
 板井の“バンテージ戦法”は、当時の春日野理事長(故人)から不評を買い「正々堂々と闘うように」と注意を受けたこともある。それでも板井はがんとして、首を縦に振ろうとはしなかった。これほどアウトローに徹した力士も珍しい。
「反則スレスレの技というのは、他にもたくさんあるよ。栃乃和歌は立ち合いのかちあげのとき、意識的にヒジを前に出しているように見える。負けが込んでくると、特にあざとくやるような気がするんだけど……」(相撲担当記者)
 おっつけでは、“デゴイチ”の異名をとった元関脇・黒姫山が近年ではナンバーワンか。元横綱・北の富士の肋骨を粉砕したのはあまりにも有名な話だ。
「黒姫山と富士桜(元関脇)が互いに頭でブツかると、ズシッというゾッとするような湿った音がするんだよね。あれほど不気味な音って、ちょっと他にはないよ」(栃赤城)

 突き押し相撲の力士は、強いときには手がつけられないが、いったん調子を崩すとガタガタになってしまうのが常。単調な相撲のため、クセを覚えられやすいという弱点も内包している。
「突っ張りを防ぐ最良の方法は、一にも二にも来た手をハネ上げ、ヒジをつかんで出すこと。頭を斜めにし、肩を下げて受ければ、一発はくらってもそれほどダメージは残らない。ヒジをつかむのは小指と親指、極端な話、真ん中の3本の指はあってもなくても同じなんだ」(栃赤城)
 栃赤城によると、まわしをとるにしろ、ヒジをつかむにしろ、小指と親指が基本。人さし指か中指をケガする力士はわきが甘い証拠と見なされ、勢い出世も遅れがちとか。若い力士の将来を占うという意味において、じつに興味深い視点である。
 さて、最近の突き押し相撲の力士の中では、大関・曙が最強だろう。長いリーチと強力な腕力を生かし、わずか2突きか3突きで相手を苦もなく突き出してしまう。
「曙の突っ張りはヒジがよく伸びる上に、相手をよく見ているから“無駄打ち”がない。寺尾や麒麟児を速射砲とするなら、曙は高射砲のイメージだね。足もよく前に出ているから、かいくぐることも容易ではない。まだまだ“曙旋風”は吹き荒れそう」(相撲担当記者)
 もっとも、その一方で、こんな意見も。
「最近の力士は突っ張りの受け方がヘタだね。基本ができていないんだ。もし千代の富士の全盛期なら、曙の突っ張りは通用しないと思う。ヒジをつかんでいなされ、あとはいいように料理されるんじゃないかな。今の若い力士は、逃げるのではなく、もっと先に頭をつけるような相撲を心がけないとね」(栃赤城)
 ところで三宅氏によると、高度な技の使い手は圧倒的に足の速い力士に多いとか。栃錦が100メートルを11秒台で走ったのを始め、千代の富士が90メートルを10秒2、今をときめく旭道山も100メートルを11秒台で走ることができるという。
「相手の動きを見てからではなく、どれだけ反射的に動くことができるか。これがワザ師の条件」(三宅氏)
 そう、私たちは300キロ近い体重にものを言わせての押しより、俊敏で強靭なワザ師たちの華麗で過激なテクニックが見たいのだ。
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