ラグビーW杯ニュージーランド大会の開幕が目前に迫ってきている。ジョン・カーワンヘッドコーチが率いる日本代表の目標は過去最高の2勝をあげることだ。だが、1991年イングランド大会でW杯初勝利をあげて以降、白星のない日本には、大きな壁が立ち塞がる。1次リーグで対戦するのは、ニュージーランド(IRBランキング1位)、フランス(同4位)など強豪揃い。しかし、2019年にW杯自国開催を控える日本にとって、今大会での躍進は不可欠だ。課された命題は善戦ではない。そこで日本ラグビーが目指すべき道を、10年前の原稿で辿り、再考しよう。
<この原稿は2001年『ラグビーワールド』に掲載されたものです>

 点差ほどに実力があるとは思わないが、しかし、そう簡単に縮められる差であるとも思えない。
 ウェールズ来日シリーズ、パシフィックリム選手権のサモア戦ともに、向井ジャパンは随所に成長の跡を見せながら、しかし、善戦と呼ぶには程遠い内容で最後には大差がついた。
 54点差をつけられたウェールズとの第1テストマッチは論外としても、続く第2テストマッチは23点差の30−53、サモア戦は39点差の8−47。スコアの上では完敗である。
 とはいえ箸にも棒にもかからない内容かといえば、そうではなかった。例えば、約2年半ぶりにジャパンのテストマッチで2万人以上の観客が秩父宮に詰めかけたウェールズ戦の第2テストマッチ。ジャパンは前半を20−19で折り返し、「ひょっとすると……」との期待を抱かせた。
 ところが、後半4分にラインアウトからモールを押されて左隅に逆転トライを許すと15分、17分、19分とたて続けにインゴールを割られて23−41に。結局、このあと36分、41分にもトライを奪われ、ゲームはあっという間にワンサイドになった。
 80分の試合を時間で区切って敗因を分析すれば、あたかもダムが決壊したようにレッドドラゴンズのアタッカーたちの猛攻に抗う術を失ったのは後半15分から20分までの5分間。とりわけ15分に奪われたトライは集中力の欠如をつかれたものだった。
 発端は日本陣内深く、ゴールラインから5メートルほどの地点での日本ボールのスクラム。ここからSH村田亙がキックし、そのボールキャッチしたウェールズのWTBエイドリアン・ダーストンにインゴールに飛び込まれてしまった。
 この場面、村田は自らのキックしたボールを相手にとらせて、そこを潰すというブループリントを頭に描いていた。ところが、他の選手たちの反応は遅く、やすやすとウェールズにカウンターを許してしまった。意思統一がきちんとはかられていなかったがゆえに喫した失点だった。

 後半での“ダム決壊”は7月4日のサモア戦でも起きてしまった。
 このゲーム前半、日本はサモアのハードタックル、執拗なボールへの絡みに苦しめられながらも、どうにかしのぎ切り、前半を3−14で折り返した。11点差ならば、後半、なんとかなるかもしれない……。
 ところが、淡い期待は裏切られた。ウェールズとの第2テストマッチ同様、日本は後半、またしても腰砕けの状態に陥ってしまう。後半5分、7分に連続トライ。コンバージョンも決められ、スコアは3−28に。あっという間に25点の大差をつけられ、事実上、ゲームはここで終わってしまった。
 見所がまったくなかったわけではない。前半、立ち上がりでの猛攻は先にリードしてゲームをコントロールしようとの意思の表れであり、作戦的に悪いものではない。この日50キャップを達成した元木由記雄は試合後「前半リードされて折り返しされるのはツライ。前半、とれるところでとっていれば……」と先制できなかったことを悔やんだ。
 勝負に“れば”や“たら”は禁句だが、もし開始早々、SO岩渕健輔が右手くすり指じん帯を痛め、ピッチからの退場を余儀なくされていなかったら、ジャパンはもう少しアタックを有効に組み立てることができたかもしれない。その意味ではかえすがえす残念な負傷退場劇だった。
 では“ダム決壊”の理由は何か。ディフェンスの未整備、新システムの未成熟、ゲーム運びの稚拙など、指を折り始めるといくつ折っても切りがないが、一番はフィットネスだろう。万全とはいい難いフィットネスが集中力を途切れさせてしまっているのではないか。

 向井昭吾がジャパンの監督に就任した際、掲げたテーマは、フィットネスの強化とディフェンス・システムの構築だった。ガリー・ワレスという専門家をオーストラリアから呼び、フィットネス&ディフェンスの担当者にしたのも、そのためである。どんなに戦術にワックスがかかり、スキルが向上しても、フィットネスが見劣りしたままでは、理想のラグビーは実現できない。向井はそう考えたのである。1995年以降、ラグビーの世界でもっとも劇的に変化したのはフィットネスの分野である。それまでは大型FWといえばパワーはあっても走力面で劣り、かつスタミナ面に不安を抱えていた。それがプロ化によるトレーニング環境の向上で、今では“強い、速い、燃費がいい”が当たり前になってきた。これは個人のモチベーションの向上によるものというよりも、プロ化による外部環境の改善によるものの方が大きいのではないかと私は考える。

 昨年秋、辞任直前の全日本代表監督平尾誠二氏と、長時間話す機会があった。プロ化により日本と列強との力関係は、具体的にどう変わったのかという私の質問に、彼はこう答えた。
「日本のラグビーもね、強い時期というか、一時期ちょっと勝ったり、いいゲームをしたり、相手に付け入るスキがあったんですけど、今はもう彼らにはスキ間がないね。昔は一つや二つあった日本の強みも完全に打ち消されていて勝負するところがない状況です。それだけ世界のチームはスキ間をなくすようなきめ細かな強化をやってきたんでしょうね。昔はハンドリングなんて日本の方がうまかったもんですよ。ところが、今はそういう長所でも外国の後塵を拝するようになってきている。じゃあ足の速さ、プレーのスピードなら日本の方が勝ってるかといえば、これもそうではない。同じポジション同士で100メートルを走らせても、日本の選手はほとんど勝てないでしょう。残念ながらそれが現実なんです」

 3年半、ジャパンを率いた男の率直な感想だけに、重く響くものがあった。
 では、問題点を解決するためには何が必要か。求められるのはラグビーにおける「構造改革」だが、たとえば国内リーグの改編などは今すぐにでも着手できるポイントではないのか――。そう述べると、平尾氏は「そう、競争原理が大切なんです」と言下に言い切った。
「今、国内のゲームで半分ぐらいが大差のゲームになっているんです。本当の意味で力を出し切るようなゲームは、年間でせいぜい6、7試合なんですよ。アイルランドは年間40試合もしていて、そのうち点差の開くゲームなんかほとんどない。この差が大きいんですよ。だから、日本のなかで関東、関西、西日本も含めて、そこで全チームをいくつかのグループに分けて、Jリーグみたいに毎年下から2チームを入れ替えというシステムを導入してみてはどうかと……」
 そうなると2部や3部のチームの運営が厳しくなることが予想される。しかし、チームが弱体化するということはフロントの強化策にも問題があるわけで、“勝ち組”と“負け組”を明確にしない現行のシステムよりは建設的である、とここは割り切って考えるべきであろう。

 話を向井ジャパンの現在に戻そう。先に私はフィットネスの重要性について述べたが、もちろん、これを誰よりも知悉し、改善したいと考えているのは他ならぬ向井監督その人である。
 だから試合後、こう言ったのだ。
「今日は(後半の)10分程度までもった。(フィットネスが)急に伸びるとは思っていないが、後半15分伸びて30分までいけるとか徐々に伸びていけばいい」
 フィットネスの向上の重要さについてはここで改めて述べる必要もないが、さらに付け加えれば、“時間のマネジメント”の感覚を養うことであろう。
 この時間帯では何をすべきか。何をすべきではないか。もちろん相談にもよるが、選択すべきプレーは自ずとされていくはずである。
「前半5分までは良かった」「後半5分までのプレーが続けられれば……」――しばしばそんな話を耳にするが、負けた野球の監督や選手が、「5回までなら勝っていた」といっても、それは負け惜しみに過ぎない。サッカーにおいて「後半の20分までならウチのゲームだったのに……」というのと、それは同様で、あまりにも後ろ向きである。
 基本的に野球は9回で白黒つけるゲームである。サッカーは90分で勝敗を争うゲームである。ラグビーもまた、80分間のスコアで全ては語られるべきであろう。

 木を見て森を見ず――という戒めの言葉があるが、森という全体像を俯瞰しながら、木の年輪にまで視線のメスを入れるという手順での作業工程が今のジャパンに対しては望まれるのではないか。ミクロはマクロに優先するものではない。“有言実行”型の指揮官・向井昭吾が描くジャパン再生のレシピに期待したい。
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