大晦日は、格闘技のビッグイベントが目白押しだ。ボクシングは東西の2会場で、計5つの世界タイトルマッチが行なわれる。中でも注目は、東京・大田区総合体育館で開催されるWBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志の6度目の防衛戦だ。対戦相手は同級暫定王者・ブライアン・バスケス(コスタリカ)。KO率78.9%を誇る内山は、2011年にはWBAのKO賞を獲得するなど、世界が認めるハードパンチャー。今回の王座統一戦でも、無敗の暫定王者相手に、“KOダイナマイト”のパンチが炸裂するか。
 プロ19戦無敗を誇る内山の必殺ブローの秘密を、2年前の原稿で解明しよう。
<この原稿は2010年5月5日号の『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>

 11ラウンドが終了して青コーナーに戻るとジムの会長である渡辺均が耳元で声を張り上げた。
「効いてるぞ。倒せ!」
 残るは最終の12ラウンドのみ。ここまでチャレンジャーの内山高志は一方的に試合を進めており、無理をしなくても腰にチャンピオンベルトが巻かれるのは確実な状勢だった。
「普段、滅多に“倒せ”なんて言わない会長がそこまで言うんだから相当効いているのかな……」
 内山はどこまでも冷静だった。

 そして迎えた12ラウンド、内山は勝負に出た。じわじわと前に出てチャンピンのファン・カルロス・サルガド(メキシコ)をロープに詰めた。連打でチャンピオンの足元をふらつかせ、得意の右ストレートを突き刺した。
「これはガツンという手応えがありました。そのあとチョコンチョコンと当てると相手はガクッとなりましたから」
 キャンバスに崩れ落ちるサルガド。立ち上がってきた手負いのチャンピオンに連打を浴びせると、待ち構えていたようにレフェリーが割って入ってきた。
 無敗の王者からWBA世界スーパーフェザー級王座をもぎ取った瞬間だった。

 今年1月11日の出来事。
 試合を振り返って、内山は語る。
「序盤にボディ(ブロー)が当たったのが効いたと思います。深くは入らなかったけど、相手は明らかに嫌がっていましたね。ボディ(ブロー)が当たるたびに相手は“ウッ”とうめき声を発し、声を荒げるんです。“あぁ、コイツ相当ボディを嫌がっているな”と。
 勝てると確信したのは8ラウンドくらいですかね。相手の目が弱気になってきた。こちらが集中力さえ切らさなければいけるぞと……」
 リング上で内山以上に感極まっていたのが会長の渡辺である。

「ボクシングを始めて41年、大学を41年かけて卒業したという感じかな」
 ジムを創設して28年目にして初の世界チャンピオンが誕生した。これまで5度、世界王座に挑み、そのつど厚い壁に跳ね返されていた。
 渡辺は語る。
「人には言わないけど、心の中では“絶対に世界チャンピオンをつくってやる”という気持ちでいました。その夢があったから、気持ちが途切れることなく、ここまで頑張ってこれたんだと思うんです。そりゃプレッシャーもありましたよ。19歳でボクシングを始めて41年。本当は“41年かけて刑務所を出た”と言おうと思ったんですが、それじゃカッコ悪いので、“刑務所”の部分を“大学”に変えたんです。アッハッハッ」

 内山は拓殖大学から社会人を経てワタナベジムに入門した。
 プロデビューは25歳と遅いが、アマチュアでは113戦して91勝をあげていた。その頃から内山はハードパンチャーとして名をとどろかせていた。

 内山にはこんなエピソードがある。社会人の頃、ゲームセンターに遊びに行った。目にとまったのはパンチ力を計測する一台の機械。
「たまたま、その時には極真空手やキックボクシングをやっている仲間もいた。それで一番になったヤツがメシをおごってもらうという約束でやったんです」
 内山が殴るとメーターは700キロを計測した。それっきり機械は動かなくなってしまった。
「次に行った時のことです。また同じように壊してしまった。するとお店の人が出てきて、“もうやめてください”って……」
 申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭をかきながら30歳は言った。

 実は先のタイトルマッチの直前、ある騒動が持ち上がった。
 サルガド陣営が「親指のかたちが合わなくて危険」という理由で日本製グローブから堅くて薄いレイジェスというメキシコ製への変更を要求してきたのだ。
 元来、グローブの選択権はプロモーターサイドにある。今回のプロモーターは日本の大橋ジムだった。
 渡辺は最初「嫌なヤツだな」と思ったが、内山に「メキシコ製でも大丈夫か?」と訊ねたところ「どちらでもいいです」という答えが返ってきたため、サルガド陣営の申し出を受け入れた。

 しかし、この判断はサルガド陣営にとって凶と出る。パンチ力が直に伝わるメキシコ製グローブへの変更により、深いダメージを負ったのは、むしろチャンピオンの方だった。
 内山の最大の武器はボディブローである。普通、右構えのボクサーファイターは左のボディブローを、相手の脇腹目がけて打ち込むが、内山の場合、正面から突き刺すようにして打つ。
 サルガド戦でも空手の裏拳突きのようなこのボディブローが大きな威力を発揮した。

 いったい、どのようにして打つのか?
「自分の場合、横から打つんじゃなく真っすぐ打つんです。正面からドンという感じ。相手がジャブを打ってくるのを見計らってそのままスッと中に入り、最短距離で打つ。これがよくあたるんです。
 相手の脇腹目がけて腕を回すように打つ普通のボディは、相手もそれに合わせて反応できる。しかし、正面から最短距離で打つとなかなか反応できないんです。
 この攻撃によってダメージを受けると、相手は徐々に内側を絞ってくる。すると今度はサイド、すなわちレバーも当たるようになってくる。別に誰かに教わったわけではなく、気がついたら、こういう打ち方になっていたんです」

 初防衛の相手は185センチの長身ボクサー、アンヘル・グラナドス(ベネズエラ)。
 5月17日、内山の出身地である埼玉のさいたまスーパーアリーナで行なわれる。
 身長差14センチ。内山は“アンデスの壁”を乗り越えられるのか。
「やり辛い半面、長身である分、ボディにパンチが入りやすい。相手は体が薄い分、パンチを浴びると内臓へのダメージが余計に大きいと思いますよ」

 動いているものは止める。立っているものは倒す――。
 鉄の拳を見逃すなかれ。
◎バックナンバーはこちらから