伊東浩司が10秒00を叩き出したのは1998年12月のことだ。バンコクアジア大会準決勝が、その舞台だった。実はフィニッシュ直後のゴールタイマーが示した数字は「9.99」。会場がひとしきり沸いた直後に発表された正式タイムは「10.00」だったが、この瞬間、夢の9秒台はもう時間の問題と思われた。


 快挙の数日後に会った陸連幹部は「これで20世紀中の(日本人の)9秒台は間違いない」と胸を張った。とうに21世紀に入ったが、100分の1秒の壁は恐ろしく厚い。「時間の問題」どころか「永遠の宿題」になりつつある。

 ちなみに、当時の世界記録はドノバン・ベイリー(カナダ)が保持していた9秒84。以降、世界記録は6度にわたって更新され、現在のそれはウサイン・ボルト(ジャマイカ)が09年世界陸上ベルリン大会でマークした9秒58。翻って日本のゴールタイマーは15年前の冬から止まったままだ。

 もうタイムを刻むのを忘れてしまったのかと諦めていたところに、すい星のごとく現れたのが17歳の高校生だ。桐生祥秀。29日の織田記念陸上で10秒01をマークした。初のシニア大会で、日本人悲願の9秒台に100分の2秒差まで迫った。

 タイムよりも驚いたのが、その合理的かつ効率的なフォームだ。抽象的な表現で恐縮だが、私の目には足ではなく腰で走っているように映った。

 当たり前のことだが、走るという行為は接地と離地の連続である。それをできるだけスムーズかつ迅速に行うことでタイムを縮めていく。そのためには安定した重心と強靭な体幹が必要となる。

 かつて元日本記録保持者の朝原宣治に、理想の走りについて訊いたことがある。返ってきた言葉は「地面を“蹴る”のではなく、拇指球でトントンと“押す”感じ。いや“乗る”といった方が適切ですね」。同じ質問を、伊東にもぶつけてみた。「地面を叩いているというか、乗っている感覚。もっと細かく言うと、最初の何歩かは叩く。そこから先は乗っていく感覚。そして最後は地面に足が着いている感じがしなくなる」

 要するに足は体の後からついてくるものなのだ。こうした“ミクロの体感”を既に持ち合わせているのだとしたら、この17歳はただ者ではない。日本人にとって9秒台は未知の世界。大気圏突破の瞬間をしかと見届けたい。

<この原稿は13年5月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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