17日間の熱戦の幕を閉じたソチ冬季五輪。日本は金1、銀4、銅3と、メダル総数は8個で目標にしていた“長野超え”(金5、メダル総数10)には届かなかった。しかし、その内訳を見れば5競技でメダルを獲得し、冬季五輪過去最多(4競技)だった長野とアルベールビルを超えた。この多様性こそが日本の強みではないだろうか。この点について指摘した3年前の原稿で、日本スポーツの進むべき道を再確認しよう。
<この原稿は2011年1月26日号『SAPIO』(小学館)に掲載されたものです>

 中国・広州でのアジア大会(2010年11月)が始まる前、JOC(日本オリンピック委員会)は「(金メダルは)60個以上、韓国を上回る」との目標を掲げたが48個にとどまり、3位に終わった。

 ちなみに金メダル数1位は中国の199個、2位は韓国の76個。中国には全く歯が立たず、韓国にも大差を付けられた。

「結果を厳しく受け止め、これが現在のアジアの中での日本の実力だと認識して、ロンドン五輪に向けた入念な準備を進めたい」
 JOC専務理事で日本選手団団長を務めた市原則之氏の声も、心なしか沈んでいた。

 中国、韓国に追い付くどころか、両雄の背中はますます遠のきつつある。
「いや、このままだったら、いずれインドにも抜かれるかもしれない」
 自嘲気味に、そう漏らしたJOC関係者もいた。

 今回、インドは陸上での5つを含む14個の金メダルを獲得した。前回のドーハ大会での金メダル数が10個だったことを考えれば、着実に前進している。
 約12億人の人口を抱えるインドが高い経済成長を背景にスポーツ振興にさらに力を注ぐようになれば、東アジアの3強(中国、韓国、日本)を脅かしかねないと見る向きは少なくない。

 インドはともかく、今年のバンクーバー冬季五輪でも日本は中国、韓国の後塵を拝した。
 メダル獲得数は以下のとおり。
 韓国=金6、銀6、銅2
 中国=金5、銀2、銅4
 日本=金0、銀3、銅2

 金メダルの内訳を見ると、ひとつの特徴に気が付く。韓国も中国も得意とする競技種目に特化した強化を行っているのだ。

 それが証拠に韓国は6個の金メダルのうち3つがスピードスケート(男子500メートル、男子1000メートル、女子500メートル)、2つがショートトラック(男子1000メートル、男子1500メートル)、ひとつがフィギュアスケートの女子だった。
 中国は韓国よりももっと徹底している。5個の金メダルのうち、4つがショートトラックなのだ(女子500メートル、女子1000メートル、女子1500メートル、女子3000メートルリレー)、残るひとつがフィギュアスケートのペアだった。

 つまり彼らの勝因を一言で述べれば「選択と集中の成果」ということになる。
 これを受けてJOC内には「日本も中国や韓国を見習うべきだ」との声が少なくない。

 果たして、そうだろうか。近年、国際大会において日本が中国、韓国の風下に立っているのは紛れもない事実だ。だが、だからといって何でも隣国の真似をすればいいというものではあるまい。

 惨敗したバンクーバー冬季五輪において、キラリと光るメダルもあった。それは男子フィギュアスケートでの高橋大輔の銅メダルだ。アジア勢としては初めての男子フィギュアスケートでのメダル獲得だった。

 日本が男子フィギュアに初めて代表を送り込んだのは1932年のレークプラシッド五輪(米国)。2010年のバンクーバー五輪を含め、のべ29人の代表がリンクに立ったが、表彰台は遠かった。

「どうせ男子はメダルなんか獲れないんだから、このへんでやめておこう」
 そんな声に押されて、どこかの段階で育成、強化を打ち切っていたら、高橋の銅メダルはなかった。バンクーバー五輪で日本はメダリストこそ5人と振るわなかったが、入賞者は前回のトリノ大会の21人から26人に増えた。これは韓国よりも多い。

 余談だが、昨年の11月に行われた事業仕分けでスポーツ予算の縮小が議論され、仕分け人から「リュージュ、ボブスレーなどマイナーな競技にも援助が必要か?」との指摘がなされた。
 財政状況の厳しさは理解できるが、スポーツに関わる人間から言わせてもらえば、まさに男子フィギュアがそうだったように蒔いたタネが芽を出し、花を咲かせるまでには時間がかかるのだ。

「選択と集中」と言えば聞こえはいいが、中国や韓国のようにメダルの獲れそうな競技だけに特化すれば、スポーツの多様性が失われ、子供たちが様々なスポーツに触れる機会も減っていく。

 冷戦時代、東ドイツをはじめとする旧社会主義国家はスポーツを国威発揚の最大の手段と見なし、身体能力に秀でた子供たちを全国から集め、体のサイズや適性に応じて取り組む種目まで国家が指定した。

 勝つためにはドーピングはもとより身体改造もいとわなかった。その弊害は至るところで報告されている。日本のあるスポーツドクターから、こんな話を聞いたことがある。

「女性にとって胸が大きいと競技の邪魔になる。キューバではトップアスリートがオッパイの脂肪の一部を削る手術を受けていた。“豊胸手術”の逆の“貧乳手術”ですよ。ここまでして勝ちたいのか。国家がスポーツを利用した評し難い例だと思いますね」

 再び中国と韓国のスポーツの現状に戻ろう。

 中国は国家体育総局というスポーツの総元締めが中央集権型のエリートシステムを構築し、全国各地にある体育技術学校での指導を強化の柱に据えている。
 メダルを狙えそうな優秀な人材を早い段階でセレクトし、集中的に資金と指導者を投下する。確かに理に適ったやり方ではある。

 中国スポーツ界最大のスターと言えばアテネ五輪男子110メートル障害の金メダリスト劉翔。アジア勢では無理といわれていたトラック競技で初めて表彰台の中央に立った。
 この劉翔こそ中国エリート教育が生んだ最高の果実である。数多くのオリンピック選手を輩出した名門・上海体育運動技術学院のOB。立身出世を絵に描いたようなアスリートだ。現在も寮で寝泊りしながら競技を続けている。

 しかし、経済発展を遂げ、中流階級が増えるに従って中央集権、国威発揚型に疑問を呈する声が多くなってきた。地域単位のクラブを中心とする、いわゆる西欧型の運営システム導入が話題として浮上している。

 韓国の場合、中国のようなエリート育成システムが確立しているわけではないが、別のところにニンジンが用意されている。最近では広く知られるようになったオリンピックのメダリストとアジア大会の金メダリストに対する兵役免除である。

 1998年のバンコクアジア大会、野球で優勝したのは韓国だった。日本がオールアマチュアで臨む中、韓国はメジャーリーガーまで引っ張り出した。
 当時、ドジャースのバリバリのエースだった朴賛浩だ。オフシーズンとはいえ、オリンピックと比べると格段に注目度の低いアジア大会に、なぜ彼ほどの選手が出場したのか。

 その最大の理由が兵役免除だった。目の色を変えて向かってくる現役メジャーリーガーを日本のアマチュアのバッターが打てるわけがない。決勝で13対1と日本に圧勝した韓国はアジア王者に就いた。その功績で朴が兵役を免除されたのは言うまでもない。

 さて、日本のスポーツはどこを目指すべきか。個人的には地域密着のクラブをスポーツ活動の拠点にした西欧型のほうが望ましいと考える。中国のような統制国家ならいいが、日本のような民主主義国家に中央集権型のエリートシステムはなじまない。さらには選手の“青田買い”は地域スポーツの疲弊や脆弱化につながる恐れがある。地方分権の観点からも疑問が残る。

 ちょっと中国や韓国に抜かれたからといってジタバタするのは愚の骨頂だ。冬季五輪に限れば日本は6競技で金メダルをとっているが、中国、韓国ともに3競技である。この多様性を日本はもっと大切にし、復活の拠り所にすべきだろう。
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