これでいいのか、日本の監督選び<前編>

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 約2カ月後にサッカーロシアW杯が開幕する。日本代表は3月に本番で同組となるセネガル代表とポーランド代表の“仮想国”(マリ代表とウクライナ代表)と対戦し、1分け1敗に終わった。内容は散々なものだった。開幕間近なのにも関わらず、どう戦うのかも不透明な状態だ。ここにきて、日本代表監督のヴァイッド・ハリルホジッチの求心力は低下。解任論もささやかれている。そもそも日本サッカー協会が指揮官を選んだ基準もはっきりしない。監督選びはどうあるべきなのか。9年前の原稿で日本スポーツ界の監督選びを改めて検証しよう。

 

<この原稿は2009年2月19日号『Number』(文藝春秋)に掲載されたものです>

 

二宮清純 最近「~ジャパン」とよく言いますよね。岡田ジャパンとか侍ジャパンとか。僕の記憶だとラグビーの宿澤ジャパンが最初だったと思います。それ以来、監督、特に代表監督に対する注目度が格段に上がってきた印象がありますね。

 

金子達仁 まず、そもそも野球とサッカーの監督を同列に論じるのはナンセンスだと思います。与えられた立場も違うし、国によっては肩書きも違いますから。同じサッカーでも、代表監督とクラブの監督では言葉も違います。スペイン語では、クラブの監督は「エントレナドール(練習させる人)」、代表監督は「セレクシオナドール(選ぶ人)」ですから。

 

二宮 アメリカでは野球はフィールド・マネージャー、バスケットボールやアメフト、サッカーは基本的にはヘッドコーチですよね。野球ぐらい選手を代えるスポーツもない。野球の監督の仕事は、先発、中継ぎ、抑えが誰で、代打、代走が誰で、しかも打順まで決めるわけでしょ。もちろん作戦面も大事ですが、それ以前にまさにフィールド内のマネジメント、人材のマネジメントが大事だろうということでフィールド・マネージャーなんじゃないか、と考えています。

 

金子 野球の監督は、数字の計算だと思うんです。野球はサッカーに比べると個人の集積という要素が強い。ここに誰を当てはめるかというのを数字とデータからはじき出していく。つまり人のマネジメントをしていく。だから、野球の監督が書いた本は企業の人たちに受け入れられると思うんです。サッカーの場合、J1の得点王と2位の選手を並べたからと言って、両方とも点を取れるわけではない。サッカーは演劇論になる。役者の実力は数字じゃ計れない。ピンではまったく使えないけど、この人と絡むとすごくいい味を出す役者さんとかいるじゃないですか。

 

 ただ、サッカーと野球の監督は違うと言いましたけど、共通して求められる資質もあると思います。一つ目は「神秘性」。選手にこの監督にはかなわないな、と思わせる何か、あるいは持っていなくても持っているように見せる何か。レギュラーから外された選手を不満分子にせずにチームに引き止めておくには監督が悪いのではなくて、自分に原因があると思わせる何かを持っている必要があると思うんです。ヨハン・クライフがなぜバルセロナでカリスマたりえたかというと、彼は50歳になってもバルサのどんな選手よりうまかったから。だから、クライフに何を言われても選手たちはひれ伏すしかなかった。

 

二宮 サントリー・ラグビー部の土田雅人GMと話していた時に、彼は監督に必要な資質って「解決力」だと言うんです。要するに小学校で先生が尊敬されるのは、解けない問題を先生が解いてみせるからだ、と。

 

 僕は大胆に言えば監督は、2つのタイプに分けられるんじゃないかと思ってます。選手を育てる教育者系と、勝ち負けにこだわる勝負師系の2通り。そう思うようになったきっかけというのがあって、野球の西本幸雄さんの言葉なんです。西本さんは日本シリーズで

8回負けている。普通1回くらい勝ちますよ(笑)。うち5回はV9時代の巨人が相手だったわけですけど、阪急だって決して弱いチームではなかった。それで恐る恐る聞きました。西本さんは言うんです。「自分が育てたポンコツが王や長嶋とやっとる。わしゃ、もうそれだけで十分幸せやと……」。

 

 この時、この人は勝負師じゃないなって思った(笑)。でも、選手を育て、強いチームを作ったのは事実です。大別すれば教育者だなと。じゃ、勝負師系は誰かと言うと、最近では森祇晶さんか権藤博さん。やっぱり勝つために冷徹ですよ。

 

金子 野村(克也)さんは?

 

二宮 迷うところですが、野村さんは珍しい両性具有ですね。時々両性具有がいるんですよ。仰木(彬)さんとか。野村さんは教育者系勝負師みたいな方ですから。

 

金子 大前提として、勝負師に絶対必要な資質ってあると思うんですよ。勝ち気、強気、それと自分の星を信じる思い。そう考えると、野村さんには全部当てはまらないですよね。

 

 だから、あの人が勝負に出るときというのは、自分の星を信じて賭けてるんじゃなくて、自分の極めた野球理論を信じて賭けてるように僕には見えるんですね。野村さんは教育を突き詰めて勝負勘が磨かれて、突出した教育者になったと思うんです。

 

二宮 それは南海時代に磨かれたんでしょうね。南海でのプレーイングマネージャー時代、選手を育てなければ勝てなかった。また弱いチームを優勝させることで自らのレゾンデートルを確認することができた。

 

金子 教育をしていくことによって勝つことを知って、それで勝負勘が磨かれた。弱いチームで勝ちにあそこまでこだわれるようになるのは、やっぱり勝ったからだと思うんです。

 

二宮 サッカーで言えば、近代化を果たしたという意味でオフトは教育者だと思うし、ジーコも教育者でした。オフトが中学教師だとしたら、自主性を重んじたジーコは大学教授。ただ、「これくらいは選手たちもわかっているだろう」ということが案外、わかっていなかった(笑)。ジーコが失敗した理由は、そこなんですよね。トゥルシエは?

 

金子 うーん、トゥルシエも教育者ですね。あるいは生活指導担当。校門で竹刀を持って生徒を待ち構えている人(笑)。彼も教育者だし、博打打ちじゃないですから。

 

二宮 オシムは結論が出せなかったのが、非常に残念だったけど、彼も教育者だったね。いつか勝負師に変わる瞬間を見てみたかった。

 

金子 いや、それはありえません。無理です。と言うのは、勝負師だったらPK戦から逃げません。ぼくはあの時点でダメだと思いました。代表監督向きじゃないと思う。クラブチームの監督だったらありだと思いますけど。

 

二宮 たしかにPK戦を含めてサッカー。見たくない、といつも言っていた。対極にいるのがヒディンクでしょう。最近見た勝負師の中では一番凄みがある。彼は両性具有?

 

金子 はい、完璧な。ただ、勝負師から派生した両性具有です。僕はヒディンクに話を聞いて、監督にとって必要な資質その2が見つかった気がしたんです。それは演技力。神秘性とも結びついてくるんですけど、やっぱりアクターじゃないと。彼はリュウマチを患ってて、常に足を引きずってて、本当は歩くのも大変なはずなんですけど、インタビューが終わると走ってロシア代表の練習に飛び込んでいくんです。痛がる顔を選手たちに絶対に見せない。

 

二宮 付け加えるなら、心理学者ですよね。アクターであり、演出家であり、心理学者でもある。僕は、根拠がある監督が好きなんですよ。その根拠が100パーセント正しいかはわからないです。ただ自らの確信だけは何があってもブレない。その意味では、監督は勝利への科学に対する追求者であらねばならない。

 

(後編につづく)

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