名手と謳われ、長嶋茂雄氏、・王貞治氏(現・福岡ソフトバンク監督)らとともに巨人の「日本シリーズ9連覇」に大きく貢献した土井正三氏。すい臓がんを患い、現在は自宅での療養を余儀なくされているが、野球への情熱は未だ薄らいではいない。その土井氏に当サイト編集長・二宮清純がインタビューを行なった。その一部を公開する。
二宮: 土井さんは兵庫の育英高校から立教大学に入られたわけですが、高校、大学とショートでしたよね。巨人に入って、すぐにセカンドに転向されたんですか?

土井: 入団1年目は、広岡達朗さんと半分ずつくらいショートで試合に出ていたんです。でも、2年目にセカンドにコンバートされました。

二宮: そのときのセカンドのレギュラーは誰だったんですか?

土井: 須藤豊さん、滝安治さん。あの頃はショートが内野の華だったんですよ。だから、セカンドにコンバートされると、普通は「都落ち」みたいに感じるんです。だって、野球の下手なのがセカンドを守っていたんですから。でも、それを僕は逆に捉えた。例えば、自分のキャパシティーが100%あったとして、ショートではプロにも入れたわけだから、既に80%は超えているわけですよ。ということは、残り20%くらいしか残されていない。ところがセカンドに関しては、自分はまだ何もやってないわけだから、やりようによっては100%伸びる可能性がある。日本一のショートになるのは無理かもしれないけど、ひょっとしたら日本一のセカンドになら、なれるんじゃないかと。それで「よし、これは千載一遇のチャンスだ」と考えを切り換えて、喜んでセカンドに転向しましたよ。

二宮: でも、セカンドとショートとでは動きが逆になりますよね。大変だったんじゃないでしょうか?

土井: もちろん、最初は難しかったですよ。僕が入団した年、ロサンゼルス・ドジャースが来日したんです。その時にネイト・オリバーというマイナー選手が使っていたグラブが子供のよりも小さかったんですね。それでセカンドはなぜこんな小さなグラブを使うのかと聞いたら、素早く送球するためだと言うんです。それでヒントを得ました。セカンドはボールがサードやショートから来ますよね。そしてそれをファーストへ投げなければいけない。つまり、真正面で取って90度の角度で送球しなければならいないんです。ところが、グラブのネットまでボールが入ってしまうと送球が遅れてしまう。だからボールはグラブにただ乗っけるだけでいい。グラブにさえボールが当たれば右手で仕事(持ちかえること)ができる。そういうことを自分で追求したりしましたね。

二宮: ところで現役時代に土井さんが対戦した中で一番ボールが速かったピッチャーは誰でしょうか?

土井: 森安敏明(東映・故人)、鈴木啓示(近鉄)だね。中でも、オールスターで対戦して本当に速いなと思ったのは森安。当時はパ・リーグの方が速かったピッチャーが多かったね。
 セ・リーグでは江夏豊(阪神)もすごいピッチャーだった。いい加減だったけど、非常にクレバーなヤツでね。彼は僕が初球から打たないことをわかっていた。だから、6、7分の力でカーブから入ってくるんですよ。そういう頭の良さという点では一番だったね。ボールも確かに速かった。江夏は指が短かくてフォークが放れないからヒザ元に落ちるカーブみたいなのを投げていたな。

 そのほかセ・リーグでは外木場義郎、安仁屋宗八……。安仁屋のシュートはよかったね。川上哲治さんに「オマエはあのシュートを打つな。打ったってボテボテのサードゴロになるから」って言われてました。実際、一死一、二塁の場面で打ちにいったらゲッツーを取られてしまった。ベンチに帰ったら川上さんに「バカヤロー! こうなるのわかっとるやないか」って怒鳴れましたよ。だから、いつか安仁屋のシュートをレフト線にカーンと打って、二塁ベース上で「クソ哲やろう、見たか!」ってやったろうと。彼と対戦するときはそのことしか頭になかったね。

二宮: 以前、川上さんにインタビューさせてもらったことがありますが、あの方は単に厳格なだけではない。選手の自主性や個性も重んじていたように感じました。例えば柴田勲さんや土井さんが何球粘ったか、そういうことに対しての評価が高かったと聞いています。

土井: 僕が現役の頃には初球を打ってアウトになってベンチに帰ると、川上さんにものすごく怒られた。「アウトになってもいいから粘れ! 三振でも3球は放らせることになるんだぞ」って。だから、それから僕はランナーがいない場面では初球から打たなくなりました。川上さんには「2ストライクに追い込まれたら、その打席は捨てろ」って言われてたんです。とにかく何球粘れるか、が重要だったんですよ。例えば7球粘ってアウトになっても、それを4打席やれば30球近く放らすことになる。当時は先発完投が当たり前だったから、僕らの粘りがピッチャーにとってはボディブローみたいにジリジリと効いてくるんです。後半になってくたびれてきた時に、王さんや長嶋さんがガーンと打って勝つと。

(後編につづく)

<現在発売中の『月刊現代』(講談社)11月号には闘病生活やオリックス監督時代のイチローについてなど、土井氏のインタビューの模様が掲載されています。こちらもどうぞお楽しみください。>
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