2019年、ラグビーW杯が日本にやってくる。大会成功には日本代表の活躍は欠かせない。20日に開幕した全国大学選手権、27日からスタートする全国高校ラグビーは、どの学校が頂点に立つかだけでなく、日の丸を背負う未来の戦士たちを発掘する観点からも注目したい大会である。

 毎年、選手が入れ替わる学生スポーツにおいて、継続して強いチームをつくることは極めて難しい。その意味ではトップリーグ以上に、指導者の力量がチーム浮沈のカギを握るといっても過言ではないだろう。これまで大学ラグビーを取材してきた中で、印象に残る指揮官は何人か紹介してみよう。

  春口廣、熱血の軌跡

 まずは関東学院大を大学選手権6度の優勝に導いた春口廣。彼が高校教師を辞めて関東学院に転じた時、グラウンドにはラグビーボールすらなかった。部員は全部で8名。「今日はフォワードしか来ていないのか。で、バックスは?」と問うと、「いや、これで全部です」と答えが返ってきた。当時24歳だった青年監督は大きなため息をつき、黙って空をにらむしかなかった。

 春口の回想――。
「試合をするにも部員が足りないから、最初は体育の授業を通じて運動のできそうな子を15人くらい集め、かろうじて試合に出ることができました。スタートはリーグ戦の3部から。もう、弱いの何の。横浜国立大や防衛大に0対50くらいのスコアで負けていました。ノートライはもちろん、ペナルティゴールさえ狙えないような状態。それに、練習試合を申し込んでも“関東学院なんて知らない”と言われる始末。それが、ものすごく悔しかったですね。“早慶明だけがラグビーじゃない!”と叫んでも誰も相手にされませんでした」

 ラグビーボールさえないグラウンドには、当然ながら照明灯なんて気のきいたものはない。しかも、石コロだらけの更地だ。夕暮れが迫ると、春口は学生たちに命じた。
「おい、オレとオマエらの車のライトでグラウンドを照らすぞ! ボールが見えれば、練習はできるんだ」
 
 3年後、3部リーグで優勝を果たし、“やればできる!”と実感した。春口のプライドを刺激する事件がおこったのは、まさにその直後のことだ。表彰状をもらったものの、校名すら書かれていなかったのだ。
「いくら3部でも、優勝は優勝じゃないか!」
 1982年には2部を制し、念願の1部昇格。それから8年かかって1部リーグを優勝し、さらに8年かかって大学日本一を成し遂げた。
「常に上を目指している。いや、背伸びというべきでしょうね」
 苦笑しながら、春口は言った。
「ラグビーの原点は何か。それは、ひたむきさです。私は強いラグビーではなく、いいラグビーを目指したい。一生懸命にやれば、いい汗をかけるんです。ラグビーという共通語がある限り、選手たちとの信頼関係が崩れることはありません」

 過去と決別した上田昭夫

 慶應義塾大で2度、大学日本一を達成した上田昭夫もまた名将である。86年に大学選手権と日本選手権を制覇したチームは叩き上げの泥臭さがウリだった。まだ33歳の上田は、まるで青春ドラマの教師のように映った。それから14年後の2000年、上田は慶應を2度目の頂点に導く。今度は、後に日本代表の主力となる栗原徹など“タレント軍団”と呼ばれるほど豊かな才能を揃えた。

「もう泥臭さを売り物にする時代は終わったと思うんです」
 大学日本一を達成した直後のこと、上田はこう前置きして語り始めた。
「いろいろなところで“タレント軍団”と書かれてしまいました。確かに以前と比べるといい素材が集まりましたが、それでも他の大学に比べればまだまだなんです。それに、やはり強いチームをつくる上でひとりひとりの能力のベースが低いよりは高いほうがいいじゃないですか。また、そうして集めた素材を、さらに力が発揮できるようにするのが僕の仕事なんです」

 上田は慶應の監督復帰後、6年かけてチームという名の畑を耕し、水を引き、タネを蒔いた。部の予算獲得や選手勧誘にあたってはゼネラル・マネジャー的な役割を果たし、集めてきた選手を指導するにあたってはコーチとしての役割を全うした。指導者にとって一番大切なのはキャリアだが、彼は“過去の栄光”と一度、決別した。時代も違えば選手も違う。「日本一の思い出を話しても、何の役にも立たない」。再出発に際し、思い出のいっぱい詰まった過去を、あえて切り捨てた。

「最初の頃は、選手が僕のことを信頼していませんでした。慶應の先輩で元ジャパンの選手で、チームを日本一にした監督であることくらいは知っていたとしても、本当にこの人がチームを強くできるのだろうか……という点は疑問に感じていたと思います。もっといえば“またきつい練習をやらされるんじゃないか”と選手たちはビクビクしていた」
――前回優勝時の猛練習、泥臭いラグビーの再現が選手たちの頭の中にはあったのでしょうか?
「それはあったでしょうね。でも、僕自身、前回と同じ練習をさせる気は毛頭ありませんでした。もう“オレについてこい!”式の練習では選手はついてきません。むしろ、練習については必ず週に2日は休みをとるとか、目新しいことをやっていこうといった具合に変化することを意識しましたね。
 それに加えて、ホームページをつくったり、Eメールで連絡し合ったり、コミュニケーションの取り方も工夫しました。たとえレギュラーになれなくても、こういう仕事にかかわることでチームに一体感が芽生えてくるんです。最後にモノをいうのは人間同士の温もり、勝って素直に抱き合えるかどうかだと思うんです」

 慶應・林雅人、帝京・岩出雅之の戦い

 この上田をヘッドコーチとして支えたのが、現在、慶應を率いる林雅人監督である。今季は上田が指揮を執っていた2000年以来の対抗戦Vを目前にしていたが、最終戦で帝京大に敗れ、早稲田大に優勝をさらわれた。

 上田の片腕を務めていた当時、林はチーム改革の3本柱として「フィットネス」「スキル」「モチベーション」の向上を掲げた。
「それまでの慶應にはバカみたいに練習すれば強くなるという“迷信”があった。試合時間は80分間なのに、5時間も練習すれば強くなるだろうと。しかし問われるのは練習量ではなく、その中身なんです。5時間ダラダラやるよりは2時間ギュッと凝縮したほうがいい練習ができる。もちろん、そのためには選手へのアカウンタビリティ(説明責任)が必要です。どういう意図で、この練習をやらせているのか。それをきっちり理解させなければ、選手たちもついてはきません」
 理詰めのラグビーを平易な言葉で選手たちに伝授する指揮官は、大学選手権での雪辱を狙っている。

 昨年、創部39年目にして対抗戦初優勝を飾り、大学選手権で準優勝をおさめた帝京も今回は頂点をうかがう。監督の岩出雅之は部を率いて14年目。「昨年はいろんな意味で部の活動の方向性が見えてきた1年だった」と振り返る。
「若い学生にとって先の見えない活動は、不安なもの。視界がよくなれば頑張りがきく。ましてや大学生活は4年しかありませんから。1年365日、対抗戦と大学選手権合わせて、わずか11試合のために地道に頑張っている。霧が晴れて見通しがよくなれば、“また次も”という気持ちになってくる。目標がハッキリして何をやれば勝てるか、それがわかっただけでも大きい。特に下級生にとって昨年1年間の経験は大きな財産になったと思っています」

 スローガンは「ENJOY&TEAMWORK」。130人の部員をバックス担当やフォワード担当のコーチ、フィジカルコーチ、トレーナー、マネジャー、管理栄養士が支える。
「エンジョイするには、まず準備が大切。目標に向かって行動し、それを達成することで喜びを味わうことができる。それが我々の目指すエンジョイです。
 チームワークは何に誇りと魅力を感じられるか。ラグビーがチームスポーツである以上、個人の満足感がチームとしての達成感を上回ることはありえない。そういった意識を全員で共有し、足りないところは全員で補っていく。長い年月をかけて、“良き風土”を築いていきたいんです」

 大会の本命は史上2校目の3連覇を狙う早大と、日本代表FWのマイケル・リーチを擁する東海大とみられているが、一発勝負のトーナメントは何が起こるかわからない。いかに本番に向けて選手の状態を上げ、勝つための戦略を授け、勝負どころで選手交代のカードを切るか。スタンドでみせる監督たちの戦いも興味深い。

 名シェフは最高の料理を作るために食材を集めるのではなく、目の前の食材をいかしきった料理を探求する――この伝に従えば、メンバーが年々変化する中、全国の舞台にコマを進めた各校の指揮官は、誰もが“名シェフ”である。1年間の仕込みの成果は、どんな料理を生み出すのか。


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【大学選手権2回戦組み合わせ&放送予定】 放送はすべてJ SPORTS

12月27日(日)
◇東京・秩父宮ラグビー場
 慶應義塾大学 × 法政大学  J SPORTS1、18:00〜(録画)
 帝京大学 × 早稲田大学  J SPORTS1、20:00〜(録画)

◇愛知・名古屋市瑞穂公園ラグビー場
 関西学院大学 × 明治大学  J SPORTS1、22:00〜(録画)
 天理大学 × 東海大学  J SPORTS1、24:00〜(録画)

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