昨夏のロンドン五輪、お家芸の柔道で唯一、金メダルに輝いたのが女子57キロ級の松本薫(フォーリーフジャパン)だ。プレッシャーからか思うような動きができず、代表選手の多くが予想外の敗北を喫した中、彼女が実力を発揮して頂点に立てた理由はどこにあるのか。「本番のコンディションは普通だった」と明かした松本に、二宮清純が大舞台での勝因を訊ねた。
二宮: 昨年のロンドン五輪では試合前に、金メダルが期待されていた48キロ級の福見友子選手(了徳寺学園職)や52キロの中村美里選手(三井住友海上)が敗退してしまいました。日本の柔道は大丈夫かという空気が流れ始め、余計に重圧がかかったのでは?
松本: まだ女子はメダルが取れていないことはわかっていましたから、そういった雰囲気は自然と感じていました。ただ、重圧とは捉えませんでしたね。むしろ勝てるはずの2人が負けたことに対する驚きのほうが大きかったんです。その2人が「頑張れ」「最初の金メダルは松本さんだよ」って私に声をかけてくれて、気持ちが吹っ切れました。

二宮: 試合に臨んで、心を落ち着かせるために意識したことはありますか。
松本: 普段からそうしているのですが、試合前は空を見上げましたね。空を見ていると、地球は全部つながっていることが感じられて落ち着きます。ロンドンでも天井越しに空をイメージすると、スッと試合に入っていけました。それに空はいろいろなものを教えてくれるんです。「いつもより落ち着きが足りない」とか「集中力がない」とか。

二宮: ロンドンでは、どんなことを?
松本: 「無になりなさい」と教えてもらいました。五輪では金メダルを取るという気持ちがプレッシャーや邪念になりますが、これらを取り払うには「目の前の相手だけを見る」こと。「この相手に勝ちたいのか、勝ちたくないのか」。そう自分に問いかけたら、自分の心は「勝ちたい」と返してきました。そうやって目の前の相手だけに集中すると無になれました。

二宮: もしかしたら負けるかもしれないという不安は?
松本: ありました。五輪に臨むにあたり、最初は勝つイメージしかなかったのですが、そのうち、負けるイメージしか出てこなくなりました。本番の2日前くらいの時点では両方が混じり合って、「どうしよう、どうしよう」という気持ちでしたね。それが前日になって、やっと「無の領域」になることができました。試合に対しては負けることばかり考えてもいけませんが、勝つことだけを考えるのもダメみたいです。勝ちと負けの両方を冷静に見据えておかないと足元をすくわれます。

二宮: ロンドンで日本の柔道は不振に終わりました。その原因はいろいろあると思います。実際に五輪の舞台で戦ってみて率直に感じたことは?
松本: 本当はメダルを獲れるはずの選手ばかりだったので、なぜ負けてしまったのかは私にも分からないんです。私自身もまだ現役ですし、今回は勝ったといっても次はどうなるか分かりませんから。

二宮: 金メダルを獲得して、今後はどのように考えていますか。
松本: 自分が満足するまで柔道は続けます。それが次の五輪までになるのかどうかは決めていません。将来的には海外へ留学して勉強したい気持ちもあります。しっかり英語を覚えたいですね。

二宮: メディア出演や、イベントなどに呼ばれて多忙な日々だったと思います。気分転換ではどんなことを?
松本: これといった趣味はありませんが、気の向くままにいろいろやっています。冬だったらスノボーに行ったり、春になればお花見をしたり、秋は紅葉を観に行ったり……。やはり自然の中にいると、いろいろなことを教わったり、パッとひらめくものがある。その時間はこれからも大切にしたいですね。

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