ニューカッスルの経営陣は複雑な気持ちだろう。6月6日の欧州選手権予選E組エストニア戦、イングランド代表FWマイケル・オーウェン(ニューカッスル・ユナイテッド)が昨夏のW杯ドイツ大会以来、約1年ぶりに代表公式戦出場を果たし、3点目のゴールを決めて3−0の快勝に貢献した。


 ハイライトは2点リードの後半17分。同じく約1年ぶりに復帰したMFベッカムの右クロスを右足アウトサイドでダイレクトで流し込んだ。難しい体勢ながら冷静にGKの逆をつくオーウェンらしいゴールだった。

 オーウェンは06年6月20日のW杯ドイツ大会グループリーグ・スウェーデン戦で右ヒザ前十字じん帯断裂の重傷を負い、07年4月30日のプレミアリーグ・レディング戦でようやくピッチに戻ってきたばかり。それでも、しっかりと結果を残すところが、スターのスターたるゆえんだろう。

 スティーブ・マクラーレン監督の下、イングランドは6試合を終えて勝ち点11の4位と低迷している。中でもFWの決定力不足は深刻だ。主力のFWルーニー(マンチェスター・ユナイテッド)、FWクラウチ(リヴァプール)のパフォーマンスは所属クラブのそれと比較すると見劣りする。本戦へのチケットが与えられるグループ2位以内を確保したいイングランドにとって、オーウェンの戦列復帰はこれ以上ないグッドニュースといえるだろう。

 ただ、オーウェンが所属するニューカッスルは今回の代表復帰を快くは思っていないはずだ。なぜなら、代表の試合でケガをしたにもかかわらず、負傷中のオーウェンに週給10万3000ポンド(約2200万円)を払い続け、ピッチに立てるまでにサポートしたのはFA(イングランドサッカー協会)ではなく、他ならぬニューカッスルだからだ。

 FAは選手が代表の試合で故障した場合、負傷中の給料をクラブに代わって支払うことを決めている。だが、FAのニューカッスルに対しての補償は一銭もなかったというのだ(6月25日時点)。
フレディ・シェパード会長はFAに対して次のように憤りを露わにしていた。
「FAは約束を守らなかった。一銭も払ってもらってないどころか、オーウェンの負傷中に電話の一本もかかってこなかった」

 代表試合で負傷した選手に対する補償は、何もイングランドだけの問題ではない。この問題に関連して、世界のサッカー関係者が固唾を飲んで見守っている裁判が今、ベルギーで行われている。

 その名は“ウルメルス裁判”。事の発端は2004年11月に行われた国際Aマッチ・モロッコ対ブルキナファソ。そこでベルギーリーグ1部のシャルルロワに所属するモロッコ代表MFウルメルスが全治8ヶ月の重傷を負った。

 あおりをくったのはシャルルロワだ。それまで好調を維持していたが、中心選手であるウルメルスを欠いたことで失速し、04-05シーズンの優勝を逃してしまった。おさまらないシャルルロワはFIFA(国際サッカー連盟)に対し、損害賠償を求める訴訟を起こしたのだ。

 ここぞとばかりにシャルルロワを支援したのが欧州の有力なビッグクラブによって構成されるG14。クラブ側の権利を声高に主張するG14は元々、FIFAやUEFA(欧州サッカー連盟)と対立関係にあったが、シャルルロワの訴えに便乗する形でFIFAに対して過去10年間の代表試合の負傷の賠償金として8億6000万ユーロ(1204億円)という途方もない額を請求した。事態は、FIFAとG14の代理戦争というかたちに発展していった。

 今も“ウルメルス裁判”は係争中で、G14の巨額賠償請求は霧の中だが、5月27日、大きな動きがあった。G14反対派で知られるUEFA新会長のミシェル・プラティニがG14に対してグループの解散と賠償請求の取り下げを要求したのだ。

 プラティニは1月の会長就任以来、初の大仕事である06-07シーズンの欧州チャンピオンズリーグの成功に自信を深め、思い切った行動に出たフシがある。
 同大会は125試合で合計観客動員数が555万8159人に達し、1試合平均の動員数は大会方式を変更して以来史上最多となる4万4465人を記録した。2季前と同じカードとなったファイナルのミラン(イタリア)対リヴァプール(イングランド)もギリシャのアテネという欧州サッカーシーンの中心から離れた場所で開催しながら、超満員の大盛況だった。

 かねて現在のビジネス偏重のサッカー界を批判していたプラティニは、欧州の強豪国と弱小国の格差是正を会長選のマニフェストに掲げた。中でも、G14を構成するビッグクラブが巨額の放映権マネーを稼ぐ欧州チャンピオンズリーグの改革案を強く訴えてきた。

 その内容はビッグクラブが多いUEFAランキング上位3カ国の大会出場枠を4から3に減らすというもの。出場枠が減れば、放映権料を得られる可能性も低くなる。当然、ビッグクラブの集合体であるG14はこの改革案に対して反発の姿勢を強めた。既得権益を失いかねないからだ

 現在、G14はFIFAやUEFAへの発言力を強めるため、拡大路線に踏み出そうとしている。5月半ばには、欧州だけでなく南米やアフリカのクラブにまで門戸を開き、加盟クラブを倍にする考えを明らかにした。強大なる力を有するFIFAやUEFAに力で対抗しようというわけだ。

 こうした動きは日本サッカーにとっても対岸の火事ではない。G14が挙げる加盟候補には日本代表MF中村俊輔が所属するセルティック(スコットランド)の名前があがっているからだ。

 中村が国際Aマッチで全治6ヶ月を超える重傷を負い、日本サッカー協会(JFA)が巨額の損害賠償を求められる――。そういう事態も起きないとは限らない。グローバリゼーションの波はこの島国のサッカーをも巻き込もうとしている。

(この原稿は2007年8月号『FUSO』に掲載されました)


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