「勝てば官軍」とは、よく言ったものだ。
 スペインの名門レアル・マドリードのイタリア人監督ファビオ・カペッロの人気が急上昇中だ。5月29日現在、レアルはスペインリーグの首位。シーズン半ばまでの不振がウソのようだ。


 3月18日のヒムナスティック戦から5月26日のデポルティボ戦まで9勝1敗と絶好調。5月12日のエスパニョール戦では前半で2点のビハインドを負いながらも、後半に3点を獲って試合をひっくり返した。自信を取り戻したレアルは4シーズンぶりの優勝へと突き進んでいる。

 シーズン半ばまで、カペッロの評判は最悪だった。守備を重視したイタリア流の戦術はスペインリーグには合わないと批判され、解任も取り沙汰された。
 負けが込むと選手の気持ちも冷える。ブラジル人FWのロビーニョは「カペッロは僕を気に入っていない。試合に出られない今の状況は幸せではない」と公然と指揮官を批判した。

 レアルファンで知られるスペインのファン・カルロス国王がチームの幹部に「カペッロはいつ辞めるんだ?」と訊ねたという話もある。並の監督なら、異国でここまで責められれば心身ともにズタズタになるところだが、さすがにセリエAでスクデットを5回も獲得しただけのことはある。

 自らのやり方がチームに合ってないと見るや、守備に熱心ではないという理由でピッチから追いやったMFデビッド・ベッカムや先のロビーニョを戦列に復帰させたのである。 昨季まで監督を務めていたユベントスから連れてきたDFカンナバーロやMFエメルソンが調子を取り戻したのも大きい。

 バラバラだったパズルのピースにつながりができ、互いが互いを理解し合うことでチームは生まれ変わった。カペッロはこだわりを捨てることで危機を乗り越えてみせたのである。

 先頃、マドリードの地元紙が実施したアンケートによると「優勝すればカペッロは留任すべき」と答えたファンは全体の7割近くを占めた。
「守備的でつまらない」とか「魅力的でない」と批判していたサポーターも、快進撃を目の当たりにして急に静かになった。勝てば全ての雑音は消え去るということなのか。

 選手の側からもカペッロを称賛する声が後を絶たない。
「(チームの躍進は)全てカペッロのお陰だ」(主将のFWラウール)
「常に厳格で真剣なカペッロの姿勢が僕たちをここまで成長させてくれた」(MFディアラ)
 チーム内に渦巻いていた不協和音も、今や遠い昔の話だ。

 評価がうなぎ上りのカペッロとは対照的に、このところ選手やメディアの槍玉に上がっているのがバルセロナのオランダ人指揮官フランク・ライカールトだ。
 カペッロとは違ってライカールトは選手の自主性を重んじる。現役時代も中盤の底をアトリエとする天才型のプレーヤーだった。バルセロナ監督就任後はFWロナウジーニョ、FWエトーらスター選手の個性を生かす采配で、国内リーグ連覇、欧州チャンピオンズリーグ優勝(05-06年)と見事な結果を残してきた。

 ところが今年に入ってチームに異変が生じた。この2月、故障明けのエトーが思ったほどに出場時間を与えられなかったことに腹を立て、出場を拒否。さらにはライカールトを名指しで「マスコミに対して僕が出場を拒否したと言った人物(ライカールト)は悪者だ」と批判したのだ。
 
 監督批判はどんな国でも、どんなスポーツでも許されない。最大の規律批判である。ところが、ライカールトは「十分に話し合った。もう済んだことだ」とエトーを不問に付した。これがライカールトのスタイルなのだろうが、1人の選手のワガママを許せば、チームの結束は乱れる。

 結果的にチームは求心力を失い、チャンピオンズリーグはベスト16で敗退。国王杯準決勝でも格下のヘタフェに0対4(第2戦)に惨敗を喫してしまうありさま。リーグ戦も失速し、残り5試合で宿敵レアルに首位を明け渡してしまう。名伯楽と称賛されたのは、わずか1年前のことだが、ヘタフェのベルント・シュスターがライカールトにとってかわるとの説も。

 昨日の官軍は今日の賊軍。これは洋の東西を問わない。

(この原稿は07年6月22日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されました)


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