「当日は大雨だったこともあり、走り終わると選手たちのストッキングが真っ黒に汚れていました。これは目に見えないものですから、具体的にどの程度かは分かりませんが、日本よりも空気が悪いのは間違いありませんね。ただ本番でマスクして走るわけにもいかないし…。ぜんそくなど呼吸器に疾患を持つ選手にとっては厳しい環境でしょうね」。中国電力の坂口泰監督の感想だ。

 20日に行われた北京五輪マラソンのテスト大会、中国電力からは本番に出場する佐藤敦之と尾方剛の2人が参加した。空は黄砂の影響でスモッグがかかっていた。夏には光化学スモッグが発生する危険性も指摘されている。

 さらにはこんな話も。「ある人に話を聞いたんですが、北京では交通整理の警官が他の職業に比べて平均寿命が短いというんです。大気汚染の影響でしょう。なるほどなと思いましたよ」(土佐礼子を指導する三井住友海上・鈴木秀夫監督)

 周知のように男子マラソン世界記録保持者のハイレ・ゲブレシラシエ(エチオピア)は北京の大気汚染を理由に五輪出場を辞退することを先月、表明した。ゲブレシラシエはぜんそくの持病を抱えており、選手生命への深刻なダメージを回避したいと考えたようだ。北京在住の知人に聞くと日中、街を歩いているだけで喉がいがらっぽくなったり、鼻水が出てきたりするそうだ。「干していた洗濯物が乾くと真っ黒になっていたこともあります」と語っていた。

 世界中の視線が北京の環境問題に注がれるなか、聖火リレーが世界最高峰のチョモランマを走る。これは世界の屋根でCO2を排出することを意味している。絵に描いたような環境破壊の象徴的シーンではないか。国際社会が低炭素社会の実現に向け努力しているなか、それへの挑発ととらえる向きもあるだろう。

 さらに言えば中国政府が史上最長、そして史上最高地での聖火リレーにこだわるのは国威発揚以外の何物でもない。それは時代遅れの演出であり、歓迎されざるものであることに中国政府はもうそろそろ気づくべきだろう。北京五輪のスローガン「ひとつの世界、ひとつの夢」――が虚しく響く。

<この原稿は08年4月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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