メキシコ五輪重量挙げフェザー級銅メダリスト三宅義行が噴門(食道から胃への入り口)にできた潰瘍を切除したのは32歳の時だ。「(メキシコで)銅メダルを獲った以上、あとは金しかない。兄(義信)は金を2つ(東京とメキシコ)も獲ってる」。バーベルの重量以上のプレッシャーが三宅の双肩にのしかかった。「もっと練習を積みたいのにケガもあって思うような練習ができない。そうしたストレスが原因で胃に激しい痛みが走るようになったんです。手術に踏み切る前の3年間は痛みで眠れない日々が続きました」

 ミュンヘン、モントリオールともに出場権を得られなかった。モントリオール五輪の翌年、胃の痛みはついにピークに達した。手術前、夫人は医師から宣告を受ける。「確率としては95パーセント、悪性のがんです」。三宅も最悪の事態を覚悟した。「女房は男の子2人抱えて泣いてましたよ」

 かすかにツキが残っていた。運命を決めるルーレットの針は5%を指した。潰瘍は良性だった。「それでも手術は4時間半にも及びました。みぞおちからへその部分にまでメスを入れました。切除した胃は足の裏くらいの大きさでした」。不屈の男は手術後、練習を再開する。だが傷口が突っ張ってバーベルが引き上げられない。「もう限界だなァ…」。そっとリングシューズをしまった。

 その3年後、今度は突然、声が出なくなる。カゼもひいてないのに声がかすれる。診察を受けると喉にポリープが見つかった。再び手術。「傷だらけの人生ですよ」。自嘲気味に笑った。

「この先、何を目的に生きるか。なぜか女の子が欲しくなったんです。ヨソの女の子を見たらかわいいじゃないですか。女の子をつくるには菜食がいいというので食生活まで変えましたよ」。生まれたのが北京五輪48キロ級代表の宏実である。「三宅宏実、ウカンムリ、すなわち冠が3つもある。3冠ですよ。これは縁起がいいぞと」

 約10年間、文字どおりマンツーマンで指導してきた。「実は最近、肩のあたりが筋肉痛なんです。娘がバーベルを上げていると、こっちまで緊張する。僕たちは一緒にバーベルを持ち上げているんですよ」。最後にこう結んだ。「僕は娘に救われました。生き甲斐を与えられましたから。娘がいなかったら、今頃は好きなゴルフばっかりやっていただろうねぇ」

<この原稿は08年5月28日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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