「ビーチバレーに転向してから性格が悪くなりましたね。いかに相手を騙せるかっていうゲームですから……」
 冗談めかして佐伯美香は言い、こう続けた。
「わざとこっちに打つよ、と見せかけておいて実は反対に打ったり、レシーブするのにしっかりこっち側に体を寄せておいて反対側に飛んでみたり……もうすべて騙し合い。相手の心理面をいかに読むか。ここが大きなポイントなんです」

 おもむろに佐伯はサングラスをはずし「これだって大きな武器になるんですよ」といたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「ビーチバレーはふたりしかいないので、すごく疲れるんです。そういう時に、このサングラスはものすごく役に立つ。汚れてもないのに拭きにいき、相手のペースを乱したりするんです。
 インドアから転向したばかりの頃、私にはそういう細かい芸ができなかった。でも、今は大分、自然にできるようになってきた。ちょっと疲れてきたかな、と思うとサングラスに手がいくんです。
 でも、外国のトップクラスの選手たちに比べると、まだまだですね。彼女たちは、絶妙なタイミングで、時間稼ぎをしてきますから……」

 インドアのバレーボールでアトランタ五輪に出場した佐伯が、ビーチバレーへの転向を決めたのは2年前の春。インドアのトッププレーヤーのビーチ転向は、バレーボールの世界に大きな衝撃を与えた。
「アトランタ五輪に出場はしたけど、結局、1勝もできずに終わってしまった。不完全燃焼。次のオリンピック(シドニー)にも出たいけど、協会は選手の若返りと背の高い子の起用を打ち出している。自分はもう無理だろうと……。日本へ帰る飛行機の中では、もう『シドニーにはビーチで出よう!』と心に決めていました」

 現在、ペアを組むビーチのトッププレーヤー高橋有紀子にはアトランタ五輪の時から「ビーチにおいでよ」と誘われていた。
 転向から1年、高橋から正式に「コンビを組まない?」との打診があり、佐伯は二つ返事で快諾する。
「高橋さんとだったらシドニーへ行ける。これで道は開けてきた……そう思いました」

 ビーチバレーは見た目以上にハードなスポーツである。インドアと同じ広さのコート、同じ高さのネット、ボールこそ気圧をやや緩めて反発を抑制しているが、サーブに始まり、レシーブ、ブロック、アタックをたったふたりでこなさなくてはいけない。インドア以上に、ひとりひとりの総合力が求められるスポーツなのだ。

 佐伯は言う。
「ビーチに転向し始めの頃は、どのボールもとりに行っていたんですが、そんなことをしていたら体力がもたない。とれないボールは最初からとれないと諦めることが必要なんです。いわゆる、“捨てのボール”ですね。
 インドアと違うのは、ビーチの場合だとまず弱いところを徹底的に狙ってくる。たとえばレフトの選手がサーブレシーブが弱いとわかると、相手は徹底してそこを突いてくるんです。
 で、試合の流れの中でレフトが立ち直ると、今度は徹底的にライトを狙ってきたりする。
 インドアだとトスを上げる人、レシーブする人、スパイクを打つ人とあらかじめ役割が決まっていますが、ビーチはトスも上げる、レシーブもできる、スパイクもできるとすべて揃っていなくちゃいけない。

 これに、高度な駆け引きが加わる。ビーチは試合中、監督が指示を出せないので、流れが悪くなったら自分たちの判断でタイムをとり、作戦を練り直さなくちゃならないんです。
 ウチの場合も、ブロックの主導権を握るのは背の高い私の方ですが、私が狙われている場合はサーブを打ってブロックもやるのはつらいから、高橋さんにブロックを任せることがあります。インドアよりもミスが許されない、という点ではビーチの方がきついかもしれません」

 そればかりではない。ビーチバレーは浜辺で行われるため、常に気温や風、砂の状態を把握しておかなくてはならない。いかにその環境に適応できるか――それも、トッププレーヤーの条件のひとつといっていいだろう。
「不思議に思われるかもしれませんが、ビーチでは風上よりも風下の方が有利になるんです。風下から攻撃を仕掛ける場合は、思いっきりスパイクを打っても風で戻ってくるケースが多くアウトになりにくい。レシーブも風上から打たれる方がやりやすいんです。
 もっといえば、試合中にも再三、風向きは変わります。コートチェンジもあるから、サーブを打つにしろ、トスをあげるにしろ、常に風の状態を頭に入れておかなくちゃいけない。ほんのちょっとの油断も許されないんですよ」

 砂の状態も国によって全く異なる。かたい砂だと動きやすく、レシーブを得意とする選手が有利だが、過度にやわらかいと体力の消耗が著しい。
「試合中、腰が痛くなったり、ふくらはぎや太股の後の方が痛くなったり……ケガしたらおしまいですから、スタミナの配分も重要になってきます」

 現在、佐伯・高橋組は世界ランキングの、第9位。昨年のアジア大会では銀メダルに終わったものの、実力的にはアジアナンバーワンと言われている。98年のワールドツアーフランス大会では5位入賞を果たした。
「世界的に強いのは、ブラジル、アメリカ、オーストラリアあたり。それに中国も要注意かな。まだまだウチのペアにも克服すべき点はありますが、どうしても勝てないチームは存在しません。課題は、ペースが崩れかかった時に、いかに少ない失点で切り抜けるか。そして自分たちにチャンスがきた時に、それを得点に結びつけられるか。そこにかかっていると思います」

 ――ズバリ、シドニーでの目標は?
「金メダルです。目標は大きい方がいいでしょう」
 褐色の肌が輝いて見えた。

<この原稿は1999年『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>
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