騙し打ちに合ったようなもの、と言えば言い過ぎか。
 五輪3連覇を目指した柔道女子48キロ級の谷亮子は準決勝で敗れ、銅メダルに終わった。
 
 準決勝の相手はルーマニアのアリナ・ドゥミトル。谷は2004年アテネ五輪、07年ブラジル世界選手権でも対戦し、04年は合わせ技一本、07年は優勢勝ちで下している。
 
 この試合、共に2度ずつ「指導」を受け、残り33秒。てっきりゴールデンスコアにもつれ込むものと思われた。
 ところが、ここでスペイン人の主審は谷に「指導」を与える。攻め手が見つからないのはお互い様なのに、なぜ谷だけが……。副審の方を向いたのは「どうして?」という無言の抗議だったのではないか。
 
 谷を身長で11センチ上回るドゥミトルは、しきりに奥襟を取りにきた。奥襟を取られると動きが封じられてしまう。背の低い谷がそれを払いのけるのは当然だ。
 ところが、審判はドゥミトルが攻勢に出ていると判断した。近年、谷が磨きをかけていた「負けない柔道」が結果的には裏目に出た。厳しい言い方をすればリスクをとらない柔道のツケが回ってきたということだ。
 その意味でスペイン人審判の判断は妥当である。全柔連の審判員マニュアルにも<「消極的柔道」の反則は、原則として片方に与える>と明記してある。谷はこの点を確認しておくべきだった。
 
 しかし、それでも釈然としないのは、ジャッジにスポーツへの愛情が感じられなかったことだ。何も、残り約30秒になってとることはないじゃないか。“空気が読めない”とはこのことだ。
 試合がゴールデンスコアに持ち込まれていたら、ドゥミトルも谷もリスクをとって乾坤一擲の勝負に出ていたはず。それは本戦の5分とは比べものにならないほどの手に汗握る死闘となっていたはずだ。どちらが強いか、それを競うのがオリンピックではないか。

<この原稿は2008年8月30日号『週刊ダイヤモンド』に掲載されたものです>
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