スタートから5キロ地点の天壇公園の石畳は硬く、しかも道幅が狭いときている。8月17日に行なわれた女子マラソンでは、端の方を走る選手の頭に柏の枝が当たっていた。五輪でこんな光景は見たことがない。
 公園の中でアテネ五輪銅メダリストのディーナ・カスター(米国)が足に不調を訴えリタイアした原因は、路面の硬さにあったのではないか。

 30キロ地点に当たる清華大学の西門は、門の幅が4メートルちょっとしかなかった。しかも入り口は急カーブになっている。レース前日に下見をして驚いた。接触して倒れるランナーがいたら誰が責任を取るのか。「狭き門」などというのはブラックジョークである。
 北京五輪のマラソンコースは、どこからどう見ても五輪にふさわしいものだとは思えなかった。いったい、なぜこんなコースを設営したのか。

 北京の奥まったバーで、中国の放送関係者がこんな裏話を披露してくれた。
「まず天壇公園ですが、あそこは1年前から修復工事をしていて、しばらくは観光客が入れない時期がありました。すべては五輪のため。中国は海外からの観光客招致に躍起になっています。マラソンは世界中に放送される。つまり観光ガイドとして利用したのです。

 次に清華大学ですが、あそこは胡錦涛主席と次期主席といわれる習近平副主席の出身校なんです。中国は少子化政策の影響もあって、7年後には受験生が今の3分の1に減る。名門とはいえ、学校経営は大変です。清華大と北京大をコースに選び、映したのは“留学に来てください”という世界へのメッセージなんです」

 情けないのは日本のテレビ局だ。「天壇公園は世界遺産です」「清華大学は中国ナンバーワンの大学です」と中国政府の喜びそうな観光案内を自ら買って出ていた。基本どおり、純粋なスポーツ中継に徹するべきではなかったか。

<この原稿は2008年9月6日号『週刊ダイヤモンド』に掲載されたものです>
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