北京五輪が8月24日閉幕した。今回の大会には204の国と地域から役員も含めて約1万6000人が参加、17日間にわたって熱戦が繰り広げられた。中国政府が国家の威信をかけて臨んだこの大会から何が見えたのか。上海出身の大学教授兼ジャーナリスト葉千栄氏、金融コンサルタントの木村剛氏、スポーツジャーナリストの二宮清純が討論した。(今回はVol.1)
木村: 北京五輪の閉幕式が8月24日に行われました。1988年のソウル五輪以来、20年ぶりにアジアで開かれた五輪でした。まず、二宮さんは今回の北京五輪をどのように総括しますか?

二宮: 日本は金メダルが9個でした。前回のアテネで16個も獲得できたのは、すべてがうまくいったからです。株でいう「ストップ高」みたいな状態です。僕が初めて五輪取材に行ったのはソウル五輪ですが、金メダルはわずか4個でした。それ以降、ずっと1けた台の前半が続いた。現在の日本の1人当たりGDP(国内総生産)は世界18位です。それを考えたら、国力にあったメダル数じゃないかと思いますね。

木村: 今回は中国が金メダルを最も多く取りました。

二宮: これは葉さんが一番分かっていると思いますが、とにかく米国よりも金メダルを多く取るという目標を立てて、メダルが取れそうな種目を徹底的に強化してきた結果です。しかし、五輪で金メダルを取ることと、スポーツの普及はまったく別です。旧ソ連や東ドイツは「国威発揚型」でメダルを取るために国家を挙げて選手を育成した。
 しかし、その国がどうなったかを考えてみてください。結局、長続きしませんでした。だから、私は「欧米型」のほうがいいんじゃないかと思っています。底辺を拡大し、結果として金メダルを取る人間が出てくる。競技を普及させた後に、選手を育成、強化するというのが大原則だと思う。底辺が拡大すればするほど、ピラミッドは高くなる。
 ただし、JOC(日本オリンピック委員会)が用意している報奨金は、金メダルが300万円、銀メダルが200万円、銅メダルが100万円です。これは1けた上げてもいいと思います。プロ野球のオールスターゲームでMVPを獲得すれば、300万円の賞金がもらえるんです。そう考えると、もう少し金銭的にバックアップしたほうがいいだろうと思います。しかし、「国威発揚型」を目指すのは時代に逆行している。

木村: 葉さんは北京五輪をどのように総括されますか?

: 二宮さんと同じ意見です。「金メダル大国=スポーツ大国」とは限らない。しかし、今の中国は政府から国民まで金メダルの数ばかりに関心が向いていて、今回も51個の金メダルを獲得して、米国を大きく上回ったことを喜んでいる。私はそういったことより、五輪というイベントが中国にもたらす政治や経済、そして国民の価値観の変化に注目しています。

木村: どう変化していますか?

: 中国は今回の北京五輪で「ワンワールド、ワンドリーム」というコンセプトを掲げました。「ワンワールド」は、経済面でかなり進んでいます。北京五輪直前の7月の時点で、日本の対中輸出総額は、大陸分だけでも日本の対米輸出総額を超えました。また米中貿易は日中貿易以上の規模です。世界との一体化はかなり現実的なものになっています。
 しかし、「ワンドリーム」はそんな簡単な話ではない。なぜなら世界と価値観を共有しないと実現しないからです。中国の国民が「国威発揚」を喜んでいるのを、世界が別の基準、別の目線で見ているなら、ワンドリームとはほど遠い。
 五輪が閉幕した翌朝8月25日、日本のメディアは、朝日から産経まで、主要5紙が一斉に社説で北京五輪のマイナス面を批判しました。毎日新聞は1936年に開催されたベルリン五輪と結びつけたほどです。今の中国に対する日本の目線を象徴しています。これはよくないと私は思います。日本は自分自身の問題を乗り越えるためにも、もっと複眼的に「リアルチャイナ」をとらえるべきではないでしょうか。

(続く)
<この原稿は「Financial Japan」2008年11月号に掲載されたものを元に構成しています>
◎バックナンバーはこちらから