盧廷潤といえば忘れられないエピソードがある。今から16年前、アメリカW杯最終予選での出来事。盧廷潤は苦戦を強いられていた日本の選手たちにキムチを贈ったのだ。
 盧廷潤からのキムチはサンフレッチェ広島の同僚・森保一を介して全選手に配られた。異国での食生活に不満を感じていた日本の選手たちが突然の差し入れに小躍りしたことは言うまでもない。
 たかがキムチというなかれ。こうした隣人に対するさり気ない気配りは、できそうでできるものではない。まして日韓両国は二つしかない出場切符をめぐって熾烈な予選を戦っている最中だったのだ。
「あの時ほど彼のやさしさを感じたことはない」
 森保はしみじみとそう語ったものだ。

 閑話休題。アジア枠導入の旗振り役は、当時Jリーグ専務理事だった犬飼基昭・現日本サッカー協会会長だ。かつて、彼は私にこう言った。
「発展するアジアのマーケットを取り込むことが狙い。たとえば浦和レッズは(2007年に)アジアチャンピオンズリーグ(ACL)を制したことで、中国や東南アジアにまでファンを拡大した。

 Jリーグの未来を考えた時、閉鎖されたマーケットではこれ以上の発展は望めない。将来、ヨーロッパのビッグクラブと伍していくためにも、ぜひアジア枠の創設を実現させたい」
 反対意見もなかったわけではない。日本人の出番が減れば強化と営業両面で影響が出るのではないか――。そんな危惧の声も聞かれた。

 これを犬飼氏は一笑に附した。
「逆ですよ。アジアの選手に負けるような(日本人)選手じゃどうにもならない」
 全く同感だ。競争こそが選手を鍛え、リーグを活性化するのである。
 アジアも動いている。AFC(アジアサッカー連盟)は今季からクラブW杯につながるACLの大会フォーマットを変更した。

 注目したいのはグループリーグの割り振り方法だ。広大なアジア地区という地理的な問題に対処するため、東アジアと西アジアの2ブロックに分けたのだ。
 これにより日本、韓国、中国はそれぞれ4つの枠を確保することになった。つまり日本の4つのクラブは韓国、中国のクラブとホーム&アウェーで計4試合戦わなければならなくなったのだ。

 東アジアのレベル向上は必然的にJクラブの世界レベルへの接近を意味する。狭く険しい道のりではあるがクラブW杯の頂点への挑戦を諦めてはならない。Jクラブよ、大志を抱け。

(おわり)

<この原稿は「Voice」2009年5月号に掲載されました>
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