これをファンサービスと言い切ってしまうのには、ちょっと抵抗がある。
 NPB(日本プロ野球機構)は今秋のドラフト会議に協賛スポンサーを付け、ファン1000人を会場に招待することを決定した。地上波でのテレビ中継も2年ぶりに復活する。
 ドラフトに悲喜こもごものドラマは付き物だ。人気選手には複数球団からの指名が予想される。さしずめ、今秋のドラフトの最大の目玉は「20年にひとりの逸材」といわれる大型サウスポーの菊池雄星(岩手・花巻東)だろう。菊池には現時点で8球団の競合が予想される。
 彼ら“金の卵”が志望球団にすんなり指名されれば、何も言うことはない。はじけんばかりの笑顔を見るのはうれしいものだ。
 しかし、もし非志望球団に指名された場合は……。記者会見の場での若者の涙を商売に利用していいものかとの疑問がわだかまる。

 思い出すのは清原和博の例だ。清原は巨人を志望していた。巨人のスカウトから(当時の監督)王貞治のバットをプレゼントされ、巨人への思いは一層、深まっていた。
 だが巨人は清原を袖にし、PL学園のチームメイトである桑田真澄を指名した。清原は6球団から指名を受け、クジ引きの結果、西武が交渉権を得た。清原の両目は瞬く間に充血し、涙がこぼれ落ちた。
 これをドラマと呼ぶなら、たしかにドラマだ。テレビにとって、これほどおいしい場面はない。高視聴率も期待できる。スポンサーもホクホクだろう。

 だが、ちょっと待ってもらいたい。ドラフトは若者の進路が決まる運命の日である。クジ1本で明と暗が分かれる。笑顔の裏には必ず涙がある。
「運命の日くらい、そっとしておいてやれ」という声は、残念ながら球界内から全く聞こえてこなかった。笑顔だらけのドラフト会議になればいいが……。

<この原稿は「週刊ダイヤモンド」2009年9月26日号に掲載されました>
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