東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を退任し、新たに名誉監督に就任した野村克也といえばボヤいてばかりいるイメージがある。
 野村によれば、南海時代の師である「親分」こと鶴岡一人の影響によるところが大きいという。
「鶴岡さんが褒めるのはヨソの選手ばかり。当時は西鉄ライオンズが強かったものだから“大下弘は天才だな”“中西太には華があるな”と褒めちぎっていた。南海の選手に対しては“オマエら、ゼニにならんもんばかりやなァ”とボヤいていましたよ」
 そんな野村が一度だけ鶴岡に褒められたことがある。入団4年目のことだ。やっとレギュラーに定着した野村に向かって「親分」はこう声をかけた。
「オマエようなったなァ」
 このちょっとした一言がまだ野村には忘れられない。うれしかったのと同時に自信にもなったというのだ。たまに褒められるからこそ効果があるということを鶴岡は知っていたのである。

 野村も“鶴岡流”を継承した。選手を評価するにあたり、10のうち9まではボヤキだが、ひとつは褒めることを忘れない。
 たとえば4年目で開花した草野大輔に対しては「天才」と呼ぶ。首位打者に輝いた苦労人の鉄平に対しては「ウチで一番の努力家」。41歳の大ベテラン山崎武司に対しては「打球が若い」と言ってその気にさせた。

 スポーツの現場を見ていると「最近の子供は叱られ慣れていないから」と言って、必要以上におだてたり、持ち上げたりする指導者が増えている。だがそれでは、逆に褒められることが当たり前になり、ちょっと叱られただけで自信を喪失する“弱肉男子”の育成に手を貸しているようで私は賛成いしかねる。
 もちろん、ただ叱っているだけでは選手は成長しない。褒めるタイミングを知ることで指導者も一皮むけるのかもしれない。

<この原稿は「週刊ダイヤモンド」2009年11月28日号に掲載されました>
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