私は長谷川のことを「神の距離感を持つ男」と呼んでいる。当たり前のことだが、相手を倒す距離の中に身を置くということは自らも倒されるリスクを負う。
 すなわち虎穴に入らずんば虎児を得ず――。勇気と技量がなければ、この作業を貫徹することはできない。

 本人はどう考えているのか。
「多少のリスクを背負って戦わないとお客さんは喜ばない。ディフェンス7、オフェンス3のボクシングをやれば僕は負けない自信がある。でも、それでプロのボクシングと言えるのでしょうか……」

 これほど刺激的かつ魅力的なボクシングを展開しながら、テレビ視聴率は10%台前半と伸びない。残念ながら試合の質と茶の間の興味は比例しないようだ。
 翻って亀田の試合はオバケのような視聴率を弾きだす。この前の内藤戦も勝つには勝ったが、ディフェンスを固めてカウンターを狙うだけの、どうにも退屈な試合だった。

 にもかかわらず視聴率は今年の全番組中最高だというのだから、いったいどうなっているのか。大方のファンにとっては試合の内容よりもキャラなのだろう。

 嘆いてばかりいてもはじまらない。そもそもテレビ視聴率に何がしかの意味を見出そうという行為そのものが無駄なのだ。
 偏差値、内閣支持率、そしてテレビ視聴率……。日本人ほど数値の好きな国民はいない。皮肉を込めて言えば、「衆愚」こそ民主主義の主人公だと割り切るべきかもしれない。

<この原稿は「フィナンシャルジャパン」2010年3月号に掲載されました>
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