キューバ危機を題材にしてつくられた映画『13デイズ』(原題は「Thirteen Days」)の冒頭で印象に残っているシーンがある。
 J・F・ケネディ大統領の特別補佐官ケネス・オドネル(ケビン・コスナー)の家族が紹介され、神に食前の祈りを捧げる。子だくさんの風景はオドネルが原則的に避妊を認めないカトリック教徒であることを暗示している。

 模範的な米国の家庭がここにある。そしてオドネルが仕えるJFKもカトリック教徒だ。ちなみにJFKはWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)ではない初の米国大統領である。
 カトリックの代表的な教えに、次のものがある。「姦淫してはならない」「隣人の妻を欲してはならない」。米国社会の中でも、とりわけカトリック保守派に不倫スキャンダルを巻き起こしたタイガー・ウッズに対するアレルギーが強いのは、こうした理由に依る。人種上の偏見が、これに追い討ちをかけたとの見方もある。

 タイガーが19日の謝罪会見で、あえて仏教徒であることを強調したのはなぜか。深読みかもしれないが、そこには自らを批判する勢力への“ささやかなる反発”が見え隠れする。彼はこう言ったのだ。「私のこれからの道を示すものは、母が子供の時に説いてくれた仏教です。(中略)そして子供時代から近年、私が道を踏み外すまで、信仰を実践してきました。仏教は欲を持ちすぎると不幸で誤ったうぬぼれを引き起こすと説いています。(中略)明らかに私は教えを見失っていました」(タイガー・ウッズ公式サイトより和訳)
 今回の謝罪会見は質疑応答の時間が設けられなかったこともあり、米国メディアの評価は散々だ。しかし、ことがことだけに弁解のしようがない。下手に話せば、それこそ火だるまになってしまう。その意味では用意周到な会見だった。腕利きスピーチライターの影が見え隠れする。

 こうした態度が米国メディアには不誠実かつ不遜に映ったようだが、彼は刑法犯ではない。社会的制裁も十分すぎるほど受けた。水に落ちた犬を繰り返し叩くのは見ていて気持ちのいいものではない。
 暴論を承知で言えば愛人の代わりは探せばいくらでもいるが、タイガーの代わりはどこにもいない。もちろん、これは私のひとりごと。

<この原稿は10年2月24日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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