「スター誕生!」
 そう口にしたくなるような一発は4月6日、東京ドームの阪神戦で飛び出した。
 5回表、巨人は4対0とリードを広げ、なおも無死満塁。
 打席には19歳の坂本勇人。高卒2年目のショートストップだ。
 カウント2−1から阪神・阿部健太が投じたインコース低目のストレートをすくい上げた。
 コンパクトなスイングで振り抜かれた打球はレフトスタンド最前列に飛び込んだ。自身プロ1号は阪神の息の根を止めるグランドスラム。19歳3カ月での満塁アーチはセ・リーグ最年少記録というおまけまでついた。
「最年少記録というのは知りませんでした。(プロ1号が満塁ホームランというのは)駒田徳広さん以来だとは聞いていましたけど……」
 初々しくそれでいて冷静な語り口調。振り返って、続けた。
「ちょっとつまり気味だったでしょう。だから打った瞬間は“入るかな? 入れ、入れ”という気持ちでしたね」
 開幕からスタメンで出場した。巨人ファンが待ちに待っていた生え抜きの新星。「61」という思い背番号がフレッシュなムードを振りまく。
 4月27日現在、全試合(26)に出場し、打率2割9分8厘、2本塁打、12打点、2盗塁――。得点圏打率はリーグトップタイの5割。守備も無難にこなしている。
 06年度の高校生ドラフトの1巡目指名選手。堂上直倫(中日)の入札に失敗した巨人は坂本を指名した。
 いわゆるハズレ1位。しかし、その実力は青森・光星学院時代から折り紙付きだった。
 俊足、強肩に加え、抜群のセンス。パワーもあり、高校通算本塁打は39本。ドラフト会議前には広島以外の全球団のスカウトが挨拶に訪れた。
 出身地は兵庫県伊丹市。マー君こと楽天の田中将大とは小学生時代、少年野球でバッテリーを組んだ。坂本が投手でマー君が捕手。今にして思えば“黄金のバッテリー”だ。
 坂本の回想――。
「(田中とは)身長は一緒くらいでしたが、僕よりも体に幅があった。だからバッティングではよく飛ばしていましたよ。
 でも2人で将来の夢とかについて語ったことはない。彼はおとなしかったですから……」
 兵庫県といえば近年では報徳学園、滝川二、育英……といった私学の強豪が頭に浮かぶ。なぜ、わざわざ遠い青森にまで?
「高校は地方に出たいと思っていました。実家から通うよりも寮生活の方がよかった。寒さも室内にいることが多かったので苦にはならなかった。カゼもひきませんでしたね」
 甲子園は3年のセンバツに出場したが初戦で敗退している。
 よもやドラフトの1巡目で、しかも巨人から指名されるとは思ってもみなかった。
「まあ3位くらいで指名されればいいかなと……。もし指名されなかったら社会人野球に行こうと決めていました」
 プロのスカウトの評価は思いの他、高かった。大型ショートとしての将来性が買われたのである。
 とはいえ、ほかでもない巨人である。ポジションのほとんどは埋まっている。欠員が出れば外国人かFA選手で補填する。
 入団に不安はなかったのか?
「(光星学院の)金沢成奉監督には“3年以内に1軍に上がらないとあかんぞ”と言われました。しかし僕は最低でも4、5年はかかるだろうな、と思っていた。プロが甘い世界ではないことはわかっていましたから」
 昨季は2軍で主に3番を打ち、2割6分8厘、5本塁打、28打点という数字を残した。9月には中日の高橋聡文から1軍初ヒットも奪った。
 しかし1軍のショートには二岡智宏という不動のレギュラーがいる。坂本がとって代わるには、まだ2、3年は先のことだろうと見られていた。
 実はこの二岡こそ、坂本が高校時代に最も憧れた選手である。
「二岡さんって、右中間方向にもホームラン打つじゃないですか。ああいうのを見ていて、すごい人だなと……」
 だが人生は何が起こるかわからない。坂本は巨人では松井秀喜以来という10代での開幕スタメンのチャンスをセカンドでつかむと、二岡が右ふくらはぎの故障で離脱したため、開幕2戦目からショートを守ることになったのだ。
 意地悪な質問をぶつけてみた。
――もし二岡が復帰したら?
「プロは実力の世界だと思っています。あくまでも誰を使うかは監督が決めることですから。その時点で監督に“オマエ、セカンドをやれ!”と命じられたら、そこで全力を尽くそうと考えています」
 打者としての坂本のアドバンテージは内角低目に滅法強いことである。通常、右打者にとってヒザ元は“泣き所”なのだが、坂本は苦もなく打ち返す。しかも打球が伸びるのだ。先述したグランドスラムもヒザ元の難しいボールだった。
 なぜ坂本はかくも難易度の高いボールを簡単に打ち返すことができるのか。
 それは彼が本来、左利きであることに起因しているのではないか。球界では左打ちの方が有利ということで右利きでも左打ちに転向する者が少なくない。だが坂本は、その逆なのだ。
「小さい頃は左用のグラブで野球をやっていたんですけど、やがてそれが入らなくなった。それで右利きのアニキのグラブを借りて遊んでいるうちに、いつの間にか左手でボールを捕り、右手で投げるようになっていた。気がつくと右投げ右打ちになっていたんです」
 坂本のバッティングを見ていると、利き腕になる左が実に巧みにスイングをリードしている。インローのボールをきちんととらえ、パンチ力のある左腕でそのまますくい上げているのだ。
「ピッチャーがボールを投じる。そこからラインを引いてきて僕のバットの軌道に合わせる。そんなイメージで打席に立っています」
 それこそ打撃の極意ではないか。やはりこの19歳、ただ者ではない。

<この原稿は2008年6月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>
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