「ネバー・ギブ・アップ」。言うは易し、行うは難しだ。9回、狙いすました左ストレートで6度目の防衛を果たしたWBC世界スーパーバンタム級王者・西岡利晃。「不屈」という言葉が彼ほど似合う男はいない。
 西岡が初めて世界王座に挑戦したのは2000年6月25日、初戴冠に成功したのが08年9月15日。8年3カ月という時間は、他の競技と比較して選手寿命の短いボクサーにとっては、あまりにも長い。
 しかも01年12月にはアキレス腱断裂に見舞われ、その後、2度の世界挑戦に失敗。4度目の挑戦から王座奪取まで世界戦は4年半も待たされているのだ。夢を諦めるには十分過ぎるほどの時間である。

 しかし、彼は1度たりとも諦めなかった。それどころか「オレが世界王者になれないのはおかしい」と自らをムチ打ったというのだから、その精神力の強さには恐れ入る。
 大抵のボクサーは世界王者とは努力と才能の延長線上にあるものだと考えている。ところが西岡は違う。まず自らを「世界王者になるために生まれてきた男」と定義する。
では、そのために何をすべきか。西岡は逆算式に最良の方法をたぐり寄せる。ケガもボクシングを断念する理由にはならない。なぜなら西岡にとって世界王者になることは、いわば決定事項であり、さまざまな障害は乗り越える試練のひとつに過ぎないのだ。

 いつだったかトレーナーの葛西裕一がこう語っていた。「アイツは世界王者になることを前提で生活していた。あとは足りないところを埋めていけばいいんだと。だからアキレス腱を切った時も全然、弱音を吐かなかった。考えていたのは“どうやって治そうか”だけ。だって辞めさえしなければ、いずれ世界王者になれると彼は信じ切っていたんですから…」

 本音を言えば、アキレス腱断裂の大ケガを負い、世界戦4連続失敗の時点で「西岡は世界王者になれない星の下に生まれてきた男」と勝手に解釈した。不明を恥じるが、初挑戦から4回も続けて王座獲得に失敗し、大ケガまでした男が夢をかなえた例など、これまでなかった。
 ありえないことが起きた。そればかりか、彼は34歳を超えて、なお成長を続けている。「ネバー・セイ・ネバー」。この言葉を肝に銘じる今日この頃である。

<この原稿は11年4月13日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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