熱戦が続く韓国・大邱での陸上世界選手権。ファイナルに進出できなかったものの、男子400メートルに出場した義足ランナー、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)には大きな拍手が送られた。
 周知のようにピストリウスは先天性の身体障害により、生後11カ月で両足のヒザから下を切断する手術を受けた。彼のアスリート生活を支えているのは炭素繊維製の競技用義足。ブレードランナーの異名をとる所以だ。
 障害者スポーツの発展もあって、このところ競技用義肢の進歩は目覚ましい。日本における第一人者といえば東京・南千住にある財団法人鉄道弘済会・義肢装具サポートセンターに勤める義肢装具士の臼井二美男だ。
 彼の職場が鉄道弘済会と聞いて、私は最初、ピンとこなかった。不勉強で恐縮なのだが、鉄道弘済会といえば、駅売店のKIOSK(キヨスク)への新聞、雑誌などの取次ぎを行っている団体だとばかり思っていた。

 調べてみて得心がいった。元々、同団体は労働災害、すなわち鉄道事故により身体に障害を負った職員に対する福祉事業を目的として創設されたものなのだ。そこで研究開発、試作された義肢装具が競技用義肢の源流となるのだから、同団体が日本の障害者スポーツ発展に果たした役割は、きわめて大きいと言えよう。

 現在、日本の競技用義肢は世界でもトップレベルにあるという。日本の第一人者にピストリウスのパフォーマンスについて訊ねた。「要するに彼が生まれつき義足をコントロールする術に長けていたということ。過酷なトレーニングに耐えられたということ。あの板バネはアスリートの能力を超えたパフォーマンスを引き出す道具では決してないんです」。ピストリウスに向けられる好奇な視線こそは、21世紀の人類が克服しなければならない課題だと臼井は考えている。

 日本におけるトップパラリンピアンである鈴木徹(男子走り高跳びアジア記録保持者)や佐藤真海(女子走り幅跳び前日本記録保持者)の義足も、もちろん臼井の手によるもの。「血の通う義足をつくることが目標」と語る。来夏のロンドンはオリンピアンだけの大会ではない。パラリンピアンたちの晴れの舞台でもある。

<この原稿は11年8月31日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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