“球界の盟主”を自任する巨人が内紛問題で揺れている。清武英利球団代表兼ゼネラル・マネジャー(GM)がコーチやオーナー人事に関する渡邉恒雄球団会長の“鶴の一声”を記者会見で訴え、批判。球団の名誉、信用を傷付けたとして、18日付で解任された。
 渡邉会長と言えば、巨人、いや球界の最高実力者だった。彼の主導により、ドラフト制度、FA制度など、プロ野球のルールを動かしたことも少なくない。そんな“球界のドン”に球団内の幹部が噛みついたことは、権力に陰りが見え始めてきた証ともとれるだろう。
 渡邉会長が、長年に渡って行ってきた「独裁政治」の一端を、7年前の原稿で振り返りたい。
<この原稿は2004年1月号『月刊現代』に掲載されたものを再構成したものです>

 こんなことは本来、あってはならないことだ。プロ野球の終わりの始まりだと私は見ている。
 福岡ダイエーホークスの主砲・小久保裕紀が巨人に「無償」で「トレード」された“事件”はプロ野球ファンのみならず一般世間からも反感を買った。一部のファンがダイエー商品の不買運動を呼びかけるなど、その余震はいまだに続いている。
 小久保といえば03年こそ右ヒザ靭帯損傷でシーズンを棒に振ったが、広い福岡ドームを本拠地にするハンディキャップをものともせずに、30本以上のホームランを4度マーク、95年にはホームラン王に輝いている。その小久保が、いくら若い川崎宗則の成長が著しいとはいっても、他球団にタダで譲り渡されるとは……。
 2億1000万円の高額な年俸が球団には負荷になっていたとはいえ、1年待てば彼はFA権を取得するのだ。この権利を行使してヨソに行けば、球団は年棒の1.5倍の補償金を手にすることできる。なぜ1年待てなかったのか。

 そもそもトレード(trade)とは「取引」や「貿易」といった意味のはずである。そうであれば「無償トレード」という言葉自体、明らかにおかしい。言語矛盾だ。
 一方が得をして、一方が損をする。これは「取引」でも「貿易」でもない。歯に衣着せず言えば、単なる「貢ぎ物」である。そこまでして、球界最大の実力者である巨人・渡邉恒雄オーナーに媚を売りたい理由は何か。そこを解明しない限り、“事件”の本質は見えてこない。
 記者会見の席で、中内オーナーは涙ながらに言った。
「メジャーに取られるぐらいなら国内で一番いいところと思って、信望して尊敬している渡邉オーナーに相談しました」
 このコメントを聞いて、私の脳裏には“首領様”にかしずく、君側の奸の姿がよぎった。
「信望して尊敬している」のくだりを「偉大で親愛なる」とすれば、それはそのまま独裁者・金正日に向けられる言葉と一緒ではないか。この言葉ほどプロ野球界の現状を的確に表したものはない。
 ダイエー本体はすでに福岡事業の外資への売却を決定している。外資の手に落ちた場合、オーナー職は当然、解任される。何が何でもオーナーの座にしがみつきたい中内オーナーにとって、外資参入反対の急先鋒である渡邉オーナーは自らを守ってくれる頼もしきボスと映るのだろう。

 しかし、ここには罠が隠されている。渡邉オーナーの本当の狙いは中内オーナーを守ることではなく、パ・リーグのダイエーに対し、自らの影響力を強めることではないか。そして、その先には、やりたくて仕方がない1リーグ制への移行がある。巨人がすべてを仕切るかたちでの球界再編、すなわち“一党独裁”体制の確立だ。
「(メジャーリーグの)セリグコミッショナーは30球団から28球団にしようとして削減を一度は決めた。(日本も)かつて15球団のときもあったし、6〜7球団のときもあった。球団が増えて2リーグ制になったが、過去の歴史からは(1リーグ制は)異常ではない」
 渡邉オーナーの本音は8球団による1リーグ制にある。
 事実、こんなことも言っている。
「アメリカは30球団のうち黒字なのは3球団だけ。それは16球団から30球団にしたから。アメリカの適正が16なら、日本は人口が半分だから8球団だ」
 もし、こんことをやれば、プロ野球はその時点で“お陀仏だ”。03年の日本シリーズを思い出して欲しい。阪神対ダイエーという人気球団同士の対決ということもあり、全7試合で合計28万9640人もの観客(有料入場者数)を動員した。これは日本シリーズ史上、最高の動員数だった。
 言うまでもなく1リーグ制になれば、日本シリーズは自動的に消滅する。もし、この時期、日本シリーズがなければ、プロ野球ファンの目は自動的にメジャーリーグのワールドシリーズに向く。ただでさえ、プロ野球からメジャーリーグファンへと“転向”する者が相次いでいるというのに、その流れを加速させるだけだ。とても、まともな経営感覚から出てきた発想とは思えない。

 日本のプロ野球が再び人気を得たいのなら、渡邉オーナーのプランの逆をやることだ。すなわち、球団を減らすのではなく増やすことだ。
 私は現在の12球団から4球団増やし、16球団による2リーグ制が望ましいと思っている。セ・リーグもパ・リーグも8球団ずつ。さらに、この8球団を4球団ずつに割り振り、東西2地区制とする。
 レギュラーシーズンの間、16球団はまず地区優勝を目標に争う。その後、東西両地区の優勝チームがリーグチャンピオンシップを決める戦いを行う。これはベスト・オブ・セブン、すなわち7試合制だ。これにより、両リーグのチャンピオンが決定する。そして、いよいよ日本シリーズだ。これも7試合制。メジャーリーグのポストシーズンゲームにも似たエスカレーションのかたちをとることで、日本の秋もアメリカ同様におもしろくなる。
 これだと、レギュラーシーズン終了後、日本シリーズが始まるまで間延びすることもない。03年、阪神は優勝決定後、日本シリーズが開幕するまで、33日も待たなければならなかった。日本一となったダイエーは18日である。
 その間、海の向こうのメジャーリーグはディビジョンシリーズ、リーグチャンピオンシリーズ、そしてワールドシリーズとクライマックスに向け、一気呵成に進んでいく。ファンにヨソ見すらさせないのだ。
 一方、日本のプロ野球はどうか。リーグの優勝チームが日本シリーズまでの間、ミニキャンプと称し高知や宮崎で調整にあたっていたりする。かつて巨人のある捕手は、調整期間中に暴行事件を起こし、それが原因でクビになってしまった。何とも締まらない話だ。いずれにしても、シリーズ前のミニキャンプ、緊張感のないことはなはだしい。ファンにすれば3日前に栓を抜いた、気の抜けたビールをテーブルの上に置かれたも同然の心境だろう。

 それでも、プロ野球はいまだにこの国で最も、人気のあるスポーツである。この夏、中央調査社が行った調査によると人気ナンバーワンスポーツがプロ野球で60%、以下サッカー(28.6%)、大相撲(22.9%)と続いた。制度疲労が叫ばれ、これだけ“失政”が続きながら、なぜいまだに最高の人気を博しているのか。
 正直言って意外な結果だったが、私はこう解釈した。それはプロ野球が日本人の生活サイクルに合っているからではないか――。
 説明しよう。言わずもがな日本人は稲作を中心とする農耕民族である。プロ野球は春浅い2月にキャンプをスタートする。農民の言うところの“田ごしらえ”だ。昔はスキで田を耕していた。それが終われば苗代だ。プロ野球でいえばオープン戦にあたる。ここでしっかり選手ならぬ苗を育てる。
 そして春になれば待ちに待った田植えが始まる。プロ野球で言えば開幕だ。4、5、6月とレギュラーシーズンの前半を戦い、稲がある程度育ってくると、さぁ夏祭りの季節だ。プロ野球の場合は夢の球宴だ。農民たちは夏の宴に酔い、五穀豊穣を願う。
 そこへ台風が襲う。ハラハラ、ドキドキのペナントレース終盤戦。危機をしのげば、いよいよ日本シリーズ。プロ野球にとっては収穫祭だ。
 農耕民族は収穫が終わると大地に感謝し、恵みを祝う。神に供物をし、踊りをおどり、神輿を担ぐ。祭りが終わると、蓄え物で長い冬をしのぎ、春のやわらかな日差しを待つ。プロ野球の場合はドラフトやトレードで戦力の足りない部分を補充し、春を待つ。
 私たちはそうした時間軸の中で、ずっと生きてきた。日本人のライフサイクルとプロ野球の1年のプロセスは、かくもよく似ている。ここにプロ野球が永きにわたって命脈を保ち続けた最大の理由があったと私は考える。
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