話を私が考える2リーグ=16チーム制に戻そう。
 海の向こうに目を移すと、メジャーリーグはエキスパンション(球団拡張)を繰り返し、1900年にはアメリカン、ナショナル両リーグ合わせて10球団しかなかったのが、現在は30球団だ。全米各地にまでメジャーリーグのマーケットは10倍に膨れ上がったといわれている。この球団拡張政策により、文字通りメジャーリーグはナショナルバスタイム(国民的娯楽)となったのだ。
<この原稿は2004年1月号『月刊現代』に掲載されたものを再構成したものです>

 エキスパンションには2つの狙いがあった。ひとつはベースボールという文化をアメリカ全土に広げること、そして2つ目がマーケットの拡大。現在はカリブ諸国はもとより、日本、韓国、台湾をはじめとする東アジア、さらにはオセアニアやヨーロッパにまで商圏を広げようとしている。
 翻って日本は、この45年間、ずっと12球団のままだ。この45年間で、日本の人口はどのぐらい増えたのか。所得は何倍になったのか。そうした社会的、経済的事情は一顧だにされず、いまだに12球団制のままである。

 さらにはダイエーの例を持ち出すまでもなく、プロ野球機構はいまだに外資の参入に対して冷やかだ。メジャーリーグも同じことをやっているのなら対抗策としてそれも仕方がないが、マリナーズの実質上の親会社はどこか。それは任天堂である。日本の企業がメジャーリーグの球団運営に参入していながら、日本ではアメリカの資本は一抹たりとも認めないというのでは筋が通らない。これこそ「参入障壁」の最たるものではないか。
 さらにいえば、12球団を8球団に、すなわちパイをどんどん小さくすることで急場をしのごうという考え、これこそ「縮小均衡」の典型だ。財政政策としては愚の骨頂である。自らの首を自らの手で絞めているようなものだ。
 Jリーグを見ればいい。92年に10クラブでスタートしたのが、今じゃ28クラブ(J1、J2を含めて)である。中には経営の苦しいクラブもあるが、全国を網羅したことでサッカー人気全体の底上げに貢献した。

 その間、プロ野球はいったい何をしてきたのか。国民的スポーツということに胡坐をかき、何ひとつ改革に着手しなかった。その結果、どんどんパイは小さくなり、やれ1リーグだ、やれ球団数削減だ、やれ外資には反対だと後ろ向きの議論ばかりが繰り返されている。まるで崩壊直前の幕府のようである。佐幕派ばかりで開国派のいないプロ野球の現状はまるで生産性がなく、私の目には座して死を待つ守旧派集団のように映る。
 本来ならばコミッショナーと2人の連盟会長が改革に向け、リーダーシップを発揮すべきところだ。だがコミッショナーもセ・リーグの会長も実質的には渡邉オーナーの“お眼鏡にかなった人物”であり、したがってただのイエスマンに過ぎない。

 実例を挙げよう。01年11月、横浜ベイスターズの筆頭株主である「マルハ」(53.8%を所有)が、所有株のニッポン放送への譲渡を発表した。ニッポン放送は、もともとベイスターズの30.4%の株を持っていたが、この結果、同球団の筆頭株主になり、経営権を握ることとなった。このことは、この発表にさきがけて行なわれたコミッショナー主催のプロ野球実行委員会でも承認された。同委員会はプロ野球の最高意思決定機関である。
 しかし、ここで渡邉オーナーが噛みついた。ニッポン放送は、ヤクルト球団の20%の株を持っているフジテレビの株も所有している。(34.1%)野球協約183条ではひとつの企業が複数の企業の株を所有することは禁じている。ちなみにこの条項は八百長や不正な取引など疑惑を招くようなことを防ぐために設けられたものだ。その意味で渡邉オーナーの主張には一理あった。

 ただ、ここで重要な問題は、どちらが正しいかということではない。なぜ1度コミッショナーがOKしたものが、1球団のオーナーによっていとも簡単に覆されてしまうのかということである。こんなことが続くのなら、いっそのことコミッショナー制も実行委員会廃止してしまえばいい。やるだけ無駄というものだ。すべて渡邉オーナーに決めてもらえばいいじゃないか。「プロ野球は独裁制です。民主主義的な手続きはとりません」とやったほうがすっきりする。まるで隣の国のような話だが、独裁色を強めるオーナーがいる一方でそれに従属し、“献上品”の選定にいそしむようなオーナーもいるのだから、もはや何を言っても虚しいだけだ。

 ダイエーの場合は、実質的な経営権の放棄だ。巨人の植民地となることを内外に向けて公言したようなものである。「無償トレード」なんてものがまかり通るのなら、トレードもドラフトもFA制も必要ない。球界の秩序の崩壊だ。そうでありながら、コミッショナーが何の指揮も執れないプロ野球界の現状を考えると、暗澹たる気分だけがこみ上げてくる。

 渡邉オーナーの独裁主義的な影響力は、個人事業主である選手たちにも及ぶ。この秋、巨人のエース上原浩治が代理を立てての交渉を言明した。
 参考までにいえば、代理人制度は00年のオフに正式に導入されたものであり、野球協約にも統一契約書にも反しない。ところが12球団の中で巨人だけはいまだに代理人制度を認めていない。
「いや、認めないとは言ってない。代理人交渉は選手会の制度としてスタートしているわけで、巨人軍としては望ましくないということです」(土井誠球団社長)
 まるで官僚のようなさっぱり要領を得ない答弁だ。もし官僚が国会でこのような答弁をしても、読売新聞はそれで良しとするのか。オーナーの顔色ばかり窺っているから、こんな意味不明なコメントがポロリと出てしまうのだ。
 渡邉オーナーの見解はこうだ。
「巨人に関して言えば代理人を立てればお互いに損をする。経費もかかる。それで年棒を上げるようなことはないから時間の無駄だ」
 これは体のいい恫喝ではないか。代理人を門前払いしているようなものである。制度の良し悪しはともかく、オーナー会議で可決された代理人制度を拒否するというのは、これこそ野球協約違反ではないか。

 これまでの言動をつぶさに見ていくと、渡邉オーナーは自らが気に入らないことが起きると、すぐに野球協約を持ち出してきて、特定の球団や選手に圧力をかける。その一方で、自らは野球協約に抵触しそうなことを平気で口にし、実際にやってのける。本来ならばコミッショナーが調査に乗り出さなければならないのだが、強大な権力に恐れおののき、ひたすらだんまりを決め込んでいる。果たして、これが健全な組織の姿と言えるだろうか。
 こうした現状を目の当たりにしながら、口をつぐんだままのメディアの責任も決して小さくはない。私たちが愛してきたプロ野球はこの先、どうなってしまうのか。考えれば考えるほど師走の風が身に染みる。
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