海の向こうでは朝青龍の父親ドルゴスレン氏が次のように協会を批判した。
「いろんな情報を聞いたがウソばっかりだ。母国に来て子どもたちとサッカーをしたからといって、こんなに厳しい処分を下すことはない。私は自分の息子が精神的な病気になったなんて信じられない。相撲協会はモンゴル人力士を抑圧していると思う」
 私見を述べれば事件のタネを蒔いたの朝青龍であり、ペナルティは当然だ。一部に“綱の品格を問題視する声もあるが、今回に限っては品格の問題ではない。公人が“仮病”を使って、公務をサボった、その一点に絞って朝青龍は裁かれるべきだ。職場放棄は動かしようのない事実である。
<この原稿は2007年10月の『月刊現代』に掲載されたものです>

 それでも2場所の出場停止はやはり重い。1場所でよかったのではないか。4カ月分の減俸(30%)は妥当としても、4カ月もの謹慎も余計だったのではないか。
 なぜなら彼は法律を犯したわけではない。自宅と病院とけいこ場以外の場所へ足を運んではいけないというのは、一種の精神的拷問であり、“軟禁”の疑いすらある。病状が悪化すれば人権侵害とも受け止められかねない。
 実のところ、朝青龍の病状はどうなのか。彼はどこまで事の顛末を理解しているのか。
 8月6日に謹慎中の朝青龍の自宅マンションに見舞った島村宜伸弁護士を直撃した。

――朝青龍関に会った印象はどうでしたか?
島村: 私もいろいろ聞いて多少の先入観を持って(自宅マンションに)行ったんですが、全く想像の域を超えていました。顔は真っ青で髪はばさばさ。とても外出できるような格好ではない。

――朝青龍関と知り合った、そもそものきっかけは?
島村: 彼が一人横綱で頑張っているということで、たまたま僕の知り合いから、「先生、こういう会があるんだけど出てみませんか?」と声がかかり、ホテルのパーティーで会いました。外国人なのに大和魂を感じさせる男でした。行儀もいいですよ。会うたびによくなっている。粗野な部分は確かにあるけど、非礼な男ではありません。

――お土産にお寿司を持っていかれましたね?
島村: 横綱は全く食べない。(僕の)ちょっと斜め前に座ってじっとしている。言葉は「ハイ」と「エー」だけ。それがもう精一杯の反応という感じでしたね。

――付け人は何人ぐらいいました?
島村: 富士錦の息子さんがマネジャーをやっていました。あとは日本の若いのが2人くらいかな。ずっと横綱を遠巻きに見ていました。モンゴル人の付け人はいませんでした。

――相当、意気消沈している感じでしたか?
島村: これは僕なりの分析ですが、あのふてぶてしいまでのたくましさは相撲の世界においてこそ発揮される。社会の中でひとりぼっちにされたら、これほどまでに弱くなるものかと。僕の前にいた横綱は一介のモンゴルの26歳でしたね。

 高砂親方は朝青龍に謝罪記者会見をさせようと3度、自宅マンションを訪ねたが、いずれも空振りに終わった。3度目の訪問直後の記者会見では「会見してから治療と考えていたが、(精神面と腰、肘を)治療させて、それからという感じになる。私の判断が甘かった」とサジを投げたようなコメントを口にした。
 角界における親方の権力は絶大である。たとえ白いものでも親方が黒と言えば黒になる。良し悪しは別にしてそれが角界のしきたりである。
 ところが高砂親方は弟子を御するどころか説得すらできない。大島親方からは「(高砂)親方はおかしいよ。モンゴルに帰国させるっていうなら、それもおかしい。一緒にけいこ場に出て稽古を見てやればいい」との声もあがった。協会には「高砂親方が悪い」との好角家からの批判が相次いだという。

 朝青龍に対しては同情心を吐露した島村弁護士も、こと話が親方に及ぶと語気が鋭くなった。
「私は以前から気になっていたんですが、あの親方には親方としての資格があるのかな、と。親方なら弟子からは自分の親と慕われるくらいのコミュニケーションを通常からはかっておかなければならない。ところがなんだか知らないけど腫れ物に触るような扱いでしょう。親方には威厳があって当然なんだけど、それが全くない。朝青龍に会ったのだって、僕が会った直前でしょう。(記者会見での)あっけらかんとした態度を見ていると、本当に親方としての自覚があるのかなと疑問に思いますね」

 スポーツ報知(8月10日付)にはこんな痛烈なコラムが載った。
<問題の根っこは高砂親方の指導力だ。毎朝、けいこ場には見せるが、自身が評論家を務める新聞を熟読するだけで弟子に指導することなく自室に引き揚げる。けいこ場での師匠のこんな姿など他の部屋では見たことがない。けいこ場での指導の怠慢が朝青龍を増長させたのではないか。親方にとって長年の指導力不足が今、一気にツケになって表れている>

 元横綱・双羽黒が立浪親方とトラブルを起こし、廃業に追い込まれたのは今から20年前のことだ。指導法をめぐって親方と対立した双羽黒はおかみさんにまで手を上げたと伝えられた。
 この一件について、現役を引退した直後、高砂親方は自著でこう見解を披露している。
<(師匠と弟子は)お互いのことを思いやり、理解し合う点が大事なんだ。相撲部屋でも、弟子は師匠を慕い、師匠は弟子を理解しなくちゃならない>
<確かに双羽黒は自分の思うようにならないことが多かったのだろうが、いちばん間違えていたのは、双羽黒がいて立浪部屋があったんじゃなく、立浪部屋があったから双羽黒も生まれたってこと。ここを双羽黒は誤解していたんじゃないのかね>
<たとえ横綱という最高の地位を占めても、そのいちばんの基本を分かっていなければならない>(『大ちゃんのここだけの話』)

 一刀両断だ。親方とはかくあるべし。なぜ弟子の朝青龍に同じことが言えないのか。名門の看板が泣いている。
 高砂親方が指導力問題ありなら、北の湖理事長は統治能力ゼロである。協会の看板である横綱の処分を発表する記者会見にすら出席しなかった。言葉は悪いが、「この理事長にして、この横綱あり」である。
 ここ最近だけでも角界は幕内・露鵬のカメラマンへの暴行、幕内・旭天鵬の人身事故、八百長疑惑と不祥事のオンパレード。にもかかわらず北の湖理事長はハンで押したように「土俵の充実」としか口にしない。それ以外の目標や方針は聞いたことがない。

「北の湖って理事長になってから何もやっていないでしょう」
 そう断じるのは前出の相撲評論家・三宅充氏。
「朝青龍を2場所連続で休ませるのはすごいことですよ。なぜ、こう決めたのか、これは協会のトップである理事長が自ら説明すべきです。双羽黒の廃業だって最後は春日野理事長(元横綱・栃錦、故人)が決断したんですよ。もう、ここまで来た以上は仕方ないって。
 しかし(北の湖)理事長は何も行動しない。理事長は先頭に立って指示を出すべきです。もし朝青龍が自らマゲを切る事態にでもなれば、もう取り返しがつかない。夏休み(8月6〜8日)なんかとっている場合じゃないですよ」

 参考までに紹介すれば、双羽黒問題の責任をとるために春日野理事長は「理事長退任願」を協会に提出し、自らに20%の減俸を科している。それに比べて記者会見には出ない、横綱には謹慎させておいて、ちゃっかり自分は夏休みをとり、自身の減俸に言及すらしない北の湖理事長の態度はあまりにも不誠実であり、かつ無責任である。
 来年1月には協会理事選が行われる。統治能力も解決能力もない“暗愚のリーダー”に国技を任せておいてよいものか。これこそは“お騒がせ横綱”以上に深刻な問題だと私は考える。
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