劇画「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈が「真っ白に燃え尽きた」最後の相手はホセ・メンドーサというメキシコ人だった。現実のボクシングの世界に目を移しても、かつては世界タイトルマッチの相手がメキシコ人と聞いただけで背筋が寒くなったものだ。
 WBA、WBCでバンタムとフェザーの2階級を制したルーベン・オリバレスは文字通りの怪物だった。その怪物と真正面からオール・オア・ナッシングの打ち合いを演じた金沢和良の敢闘精神は永遠に語り継がれるだろう。(対日本人9戦9勝)

 マエストロの異名を持つミゲル・カント(元WBCフライ級王者)には、いつもボクシングのレッスンを受けているような気にさせられた。小熊正二は3回戦って、3回とも判定で敗れた。あと一歩まで追い詰めながら、その一歩が届かない。非力を補って余りあるテクニックの持ち主だった。(対日本人6戦6勝)

 元WBCスーパーフライ級王者ヒルベルト・ローマンにも日本人は煮え湯を飲まされ続けた。印象に残っているのは1988年9月、畑中清詞が挑んだ一戦。打っては離れ、離れては打つ教科書のようなヒットアンドアウェー。畑中は終始、影法師を追い続けた。(対日本人3戦3勝)

 元WBA、WBC、WBOミニマム級、元IBFライトフライ級王者のリカルド・ロペスはボクシングそのものが芸術品だった。まさに「エル・フィニート」(美の極致)。“150年にひとりの天才”と呼ばれた大橋秀行を歯牙にもかけなかったロペスの天才性を、どう表現すればいいのか。結局、彼は無敗のままリングを去った。(対日本人2戦2勝)

 通算では8敗しながら、日本人には負けなし。元WBCバンタム、スーパーバンタム級王者ダニエル・サラゴサも憎きメキシコ人だった。辰吉丈一郎でも一矢報いることはできなかった。(対日本人4戦4勝)

 ところが近年、日本人ボクサーのメキシカン・コンプレックスが急速に消えつつある。昨年暮、WBAスーパーフェザー級王者・内山高志は左手一本で同暫定王者ホルヘ・ソリスを葬った。(対メキシコ人2戦2勝)。2年連続でJBCのMVPに輝いたWBCスーパーバンタム級王者・西岡利晃はメキシコ人相手に世界戦4戦無敗を含む10連勝中だ。これはいったい、どんな風の吹き回しか。心地よい戸惑いを禁じ得ない今日この頃である。

<この原稿は12年2月22日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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