バレーボールの全日本女子チームは現在、ロンドン五輪出場を目指し、19日から開催されている五輪世界最終予選兼アジア大陸予選を戦っています。大会は8カ国のリーグ戦で行われ、3位以内に入るか、または上位3チームを除くアジア最上位国が、ロンドン五輪の出場権を手にします。五輪本番での28年ぶりのメダルを目指し、全日本女子の指揮を執る眞鍋政義監督は北京五輪後の2008年12月に就任。10年の世界選手権では、全日本女子を32年ぶりのメダル獲得(銅)に導きました。今回は、眞鍋監督の女子バレー復権への道程を、2011年の原稿で振り返ります。
<この原稿は2011年2月5日号の『ビックコミックオリジナル』に掲載されたものです>

「世界ランキング1位のブラジルがフルセットで勝った瞬間、監督も選手も泣いていたんです。日本に勝ってブラジルが泣くなんて、これまでは考えられなかったことですよ」
 開口一番、全日本女子バレーボール監督の眞鍋政義はそう語った。
 言われてみれば、確かにその通り。それだけブラジルは追い詰められていたということだろう。

 改めてこの試合を振り返ってみよう。
 2010女子バレーボール世界選手権・準決勝。
 第1セット、第2セットの日本の粘りは驚異的だった。
 第1セットは一進一退の攻防の末、25対22で競り勝った。
 続く第2セットはブラジルの9度のセットポイントをしのぎ、35対33で連取した。
 しかし、さすがはブラジルだ。ここから立ち直り、残り3セットを奪って日本の大金星を阻んでみせた。
 結果的に敗れたとはいえ、日本の戦いぶりは王国復活を予感させるものだった。
「確かにブラジルは強い。しかし、ウィークポイントもある。昨年からずっと私は選手たちにこう言い続けてきました。
 スパイクを打つにしても打ってはいけないコースと打たなければいけないコースがあるんです。ブラジルとは練習試合も含め、何度も戦っています。ウチでスパイクの本数が多いのは木村沙織と江畑幸子ですが、ブラジルは2人に対してレフトからストレートコースを閉めたがる。そこで中に打つとリベロに拾われる。これでは悪循環です。従来と同じような戦い方では、おそらく0−3で負けていたと思います」
 活躍したのは木村や江畑ばかりではない。ママさんプレーヤーとなった山本愛の奮闘も目立った。
「実は彼女はJTでセッターの竹下佳江とコンビを組んでいるんです。だから攻撃の仕掛けが非常に速い。スピードで相手のブロックを翻弄することができた。ブラジルは明らかに2人のコンビネーションを嫌がっていましたね」
 ブラジルには最後、力負けしたものの日本の勢いは衰えない。3位決定戦のアメリカ戦ではセットカウント2対1とリードを奪われながら、瀬戸際から引っくり返した。
 これは日本の選手たちに地力が備わってきた証拠だろう。

 眞鍋が指揮を執るようになって1年7カ月、チームのどこをどう変えたのか。
「まず強調したのは日の丸を付けることの意義ですね。誰が試合に出ていようが、我々が負けるということは日本が負けるということだ。そのプライドを持って練習や試合に臨んで欲しい。そう言いました」
 チームプレーも徹底させた。
「ブロックに跳ばない選手は全員がリベロ」と位置づけ、レシーブの重要性を叩き込んだ。
「バレーボールは6人でやりますから、ひとりがさぼると後の5人が大変なんです。だからブロックに跳ばない選手は全員で拾う。バレーボールのルールは簡単で床にボールが落ちなかったら点は入らないんです。だから拾うしかないんです」

 眞鍋はバレーボールのエリートコースを歩んできた。名門・大商大高では1年生からセッターとして活躍し、インターハイ優勝に貢献した。
 大商大でさらにキャリアを積み、4年時には日本代表の一員として1985年のワールドカップに出場した。
 実業団の新日本製鐵でも眞鍋のトスは冴え渡った。1年目で新人賞に輝き、88年にはソウル五輪にも出場した。92年からは新日鐵のプレーイング・マネジャーとして第3・4回のVリーグ王者にチームを導いた。
 これだけの実績がありながら、全日本女子監督は公募で選ばれた。おさまるところにおさまったということか。

 全日本女子監督としての眞鍋を支えているのはVリーグ久光製薬での4年間の指導経験だ。
「バレーボールは女子も男子もルールは一緒なんですけど。女子と男子との間には違いがあるんです。それを勉強させられました」
 苦笑を浮かべて眞鍋は言った。
 どこが男子と違うのか。
「ある時、ひとりの選手に“練習に早く来い”と命じました。すると他のメンバーの様子がおかしい。マネジャーに聞いたら“監督、女子の世界はひとりだけに言うと、他の選手がひがむんです”と。
 これは勉強になりました。ひとりの選手に10分、特別な練習をやらせたら、他の選手にも5分はやらそうと。全てを公平にしないと、女子はなかなかついてきてくれませんね」

 女子バレーボールは東京五輪で金メダルを獲得して以降、女子球技の花形だった。その12年後のモントリオール五輪でも金メダルに輝いている。
 しかし、その後は低迷が続き、84年のロス五輪を最後に、日本は表彰台から遠ざかっている。
 眞鍋はどのようにして名門を再建するのか。
「目標を明確にすることです。ウチの柱は木村ですが、相手もそれをわかっているから、彼女にサーブを集中させる。実は夏のグランプリ決勝ラウンドも、どのチームも木村を狙ってきたんです。
 でも逆に言えば、これは大変な名誉なこと。世界のトップクラスのチームから狙われるわけですから。
 平均すると1セットで23回サーブレシーブをする。そのうちの半分が木村。それを想定して練習後、皆が帰ってから木村に12本なら12本、試合と同レベルのサーブをきちんと拾わせる。拾えたら休憩。そしてまた12本。代表ではそんな練習を徹底してやっています」

 コート上では最先端のデジタルツール「iPad」を手離さない。IDバレーを標榜しているが、デジタル機器は本当は苦手らしい。
 それでも利用できるものは何でも利用するとの貪欲な姿勢に、この監督なら……と期待を寄せるのは私だけではあるまい。
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