約3週間に渡って行なわれたバレーボール世界最終予選では、女子が3大会連続となる五輪出場を決めた。ロンドンでは1984年のロサンゼルス大会以来となるメダル獲得が期待されている。その同じロンドンの地で、メダルをかけた、もう一つのバレーボールが行なわれる。1980年アーヘン大会(女子は04年アテネ大会)からパラリンピックの正式種目となった「シッティングバレーボール」だ。北京に続いて2大会連続出場を決めた女子日本代表が、初の表彰台に挑む。
(未勝利に終わった北京での雪辱を果たし、メダル獲得を狙う)
 シッティングバレーは、一般のバレーボールとルールはほとんど変わらない。違いはと言えば、その名の通り、床に臀部をつけた状態、つまり座ってプレーするということと、「サーブブロック」が許されているという2点だ。このシッティングバレーの難しさはどこにあるのか。日本シッティングバレーボール協会会長も務める、日本女子代表の真野嘉久監督は次のように語る。

「普通のバレーボールでは上がったボールに対してジャンプしたり、落ちてきたボールに対して飛び込んだりしますよね。シッティングバレーではそれが禁止されているんです。常に臀部、いわゆるお尻の部分が床についていなければなりません。でも、これが意外に難しいんですよ。届きそうなボールに対して、ついついヒザで立ってしまったり、お尻が上がってしまったりするものなんです。世界のチームでもよくあるのが、ブロックでの違反。相手の強烈なスパイクを止めたいがために、手を伸ばしてお尻が浮いちゃうんです。これはどれだけ練習しても、試合中、熱くなればなるほど、無意識にやってしまうもの。そこがシッティングバレーの難しさでもあります」

 臀部をついたままレシーブをしたり、トスを上げるというのは、見た目以上に難しい。体のバランスを崩せば、たちまち臀部が浮いてしまう。そのため、体幹部分の強化は不可欠である。きれいなレシーブや正確なトスを上げるためにも、体のバランスを保つことは不可欠だ。さらに臀部をつけたまま、素早くボールの下に体を移動させなければならず、素早さに加えて瞬時の判断力も必要とされる。
「ボールが手に当たってから床に落ちるまでの時間は、サーブは0.2秒、スパイクは0.1秒です。それを相手が打ってから移動するというのは無理な話。ですから、最初からコースを読んで打つ前に移動し始めていなければならないんです。この読み、移動の素早さに加えて、いいボールを上げるためのハンドワークも必要とされます」

 最大の勝因は“敗戦”にあり!

 日本がロンドンへの切符を獲得したのは10年アジアパラリンピックだ。そこで日本は、中国に次ぐ銀メダルを獲得した。中国はアテネ、北京とパラリンピック連覇を果たしている強豪。既にその3カ月前に行なわれた世界選手権で優勝し、出場権を得ていた。そのため、中国を除いた5チームの最上位になることがロンドンの切符獲得の条件となっていた。日本にとって最大のライバルはイランだった。実は、日本とイランは06年世界選手権の時から因縁の仲にある。3年前、07年の北京大会予選を兼ねて行なわれたアジアチャンピオンシップでは、日本がフルセットの末にイランに勝って初出場を果たしていた。

 大会ではまず、全6チームによる総当たりの予選リーグが行なわれた。日本はこの予選で中国とイランにストレート負けを喫し、通算2勝2敗、3位という成績に終わった。ところが、続いて行なわれた決勝ラウンドの準決勝、日本はイランに3−1で勝利し、決勝に進出。もう一つの準決勝では順当に中国が勝ち上がってきたため、この時点で日本のパラリンピック出場が決定したのだ。実は準決勝での日本の勝因は、予選での敗戦にあった。

 大会会場で目にしたイランは、北京の予選の時とはガラリとメンバーを替えていた。12人中、9人が新しく入った若手選手だったのだ。本番前、イランの練習を見た真野監督は3年前、北京の予選の時よりも強くなっていると感じていた。スタミナ、動きのキレ、高さ、パワー、そして日本にも匹敵するほどの巧さも兼ね備えていた。
「日本が勝つには、戦術で上回るしかない」
 真野監督はそう考えていた。

 一方で、練習を見ていて真野監督はイランの弱点を再確認していたという。以前から気づいていた両サイドの奥のコーナーが穴となっていたのだ。選手は替わっても、システムは変わっていなかったのである。日本はコーナーを狙う練習も積んできており、そこを徹底的にサーブ、スパイクで攻め込めば、勝てる自信があった。しかし、予選で日本の手の内を見せてしまえば、最も大事な決勝ラウンドでは対策を立てられてしまう。そこで、予選はあえてコーナーを狙わず、オーソドックスなプレーに終始した。シッティングバレーでは特に効果的なツーアタックも封印するという徹底ぶり。果たして、結果はストレート負け。真野監督の狙い通りとなったのである。

 そうして迎えた準決勝、日本は予定通りにイランの弱点を攻めた。第3セットこそ取られ、最後の第4セットも苦しんだものの、日本はイランに勝ち、ロンドンへの切符をつかんだ。
「弱点をついたとはいえ、やっぱりイランは強かった。最後はメンタル面での勝利だと思います。予選で日本にストレートで勝ったことで、イランは『日本は弱い』と思ったでしょう。ところが、準決勝での日本はまるで違う戦い方をしてきたわけですから、面食らった部分もあったでしょうね」
 まさに、日本の戦略勝ちだった。

 越えなければならない壁

 4年前の北京パラリンピック、初めて出場した女子日本代表は1勝することもできず、最下位に終わった。今回はその雪辱を果たし、初のメダル獲得を狙っている。その最重要ポイントとなるのが、ウクライナだ。世界ランキング3位の同国を倒さない限り、表彰台に立つことはできない。しかし、ウクライナの情報はほとんど日本には入ってこない。そこで、真野監督は今年のゴールデンウィークにスタッフとともに中国へと渡った。日本が参加しなかった今年2月、エジプトで行なわれたコンチネンタルカップでの映像を親交のある中国の監督が見せてくれたのだ。

「10年の世界選手権でウクライナの試合をちらっと観たんです。でも、もともとは弱く、マークしていなかったため、詳しくは観ませんでした。ところが、日本はその大会は9位でパラリンピックの出場権を得ることができなかったのですが、ウクライナは3位に入って、あっさりと切符を獲ってしまった。それからですね、ウクライナをマークし始めたのは……」

 インターコンチネンタルカップの試合を観て、真野監督は驚きを隠せなかったという。ウクライナのメンバーは長身選手がズラリと並んでいたのだ。
「平均身長は190センチ台だというんです。もう、ネットから完全にヒジが出てしまう高さですよ(笑)。日本は世界の高さを意識して、男子と練習しているのですが、それよりもさらに高いわけです」

 これまで想定していた高さよりも15センチほど高いことを知った真野監督は、帰国後の合宿ではネットから40センチの高さをイメージしたサーブやスパイクの練習をしたという。
「日本の攻撃の糸口であるブロックアウトを狙うにも、今までは指先を狙うように指示していたんです。でも、あれだけの高さがあるのであれば、腕を狙った方がいい。本番までの合宿で、その部分を徹底的に練習していくつもりです」 

 そしてもう一つ、ウクライナ戦に向けた日本の強化ポイントはサーブだ。一般のバレーボールでは、空気抵抗を受け、変化の大きいジャンプフローターサーブが女子では主流となっている。今回の最終予選で全日本女子が五輪の切符を獲得した要因の一つが、サーブでのポイントだった。しかし、これは18メートルというコートの距離があるからこそのもの。シッティングバレーのコートは10メートルしかないため、空気抵抗を受けてボールが変化する前にコート上に落ちてしまう。また、サーブブロックが許されているため、変化する前に相手のブロッカーが叩き落としてしまうのだ。そのため、シッティングバレーではいかに速く威力のあるサーブを打つことができるかがカギとなる。

 これまで日本はブロックとブロックの間のコースを狙ったサーブを行なってきた。だが、ブロック間には必ずレシーバーが構えている。そのため、レシーバーの真正面に打つことになる。そこで、真野監督が考案したのがブロックの上を狙うドライブサーブだ。ドライブをかけ、ブロックの上を通る山なりの、なおかつ速いサーブで、レシーバーの間を狙うのだ。ただし、ドライブのかかったサーブはレシーバーにとっては最も取りやすい。そこで、従来通りブロックの間を狙うサーブと、新しく取り入れたドライブサーブとをチームとして融合させていくつもりだ。

「今、レギュラー6人のうち3人にドライブサーブを習得させているんです。とにかくウクライナにはまともにいけば高さでかないませんから、日本は奇襲攻撃をしていくしかない。ウクライナはサーブレシーブがそれほど得意ではないので、日本のサーブ決定率が勝敗のカギを握ると思います」
 そして、こう続けた
「でも、一番大事なのは選手が自信をもって臨めるようにすること。彼女たちは自信さえ持つことができれば、できるんですから」
 未勝利に終わった北京での屈辱を真野監督も選手たちも忘れてはいないはずだ。ロンドンの地で“真野ジャパン”が4年越しの雪辱を晴らす。

(文・斎藤寿子)
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